ある、晴れた日の昼下がり。アスラン=ザラはエレカを駆って、アプリリウス市にある邸宅に向かっていた。

助手席に置かれているのは、ピンクの薔薇の花束。

いかにも女の子好みのその花は、彼の婚約者への贈り物。

プラント全市の市民が愛する歌姫。ラクス=クラインへの、贈り物だった――……。





ヴァルキュリア
#13 想曲






目的の邸宅へと続く私道へと乗り上げ、門の前でエレカを停車させる。そしてレンズの前に、身分証をかざした。

「認識番号285002。クルーゼ隊所属、アスラン=ザラ。ラクス嬢と、面会の約束です」

<確認しました、どうぞ>

物柔らかな女性アナウンスの声と共に、門が開く。車をとめ、エレカを降りた。

執事が取り次ぐまでの間、アスランは所在なさげに玄関に佇んでいた。

やがて、階段の辺りにラクスが姿を現す。

風に乗ってゆれる柔らかなピンクの髪。透き通るような白い肌に、夢見るような深い青の瞳。ふわりと微笑んで、ラクスは階段を駆け下りる。

「いらっしゃいませ、アスラン。会えて嬉しいですわ」

「すみません、少し遅れました」

「あら、そうですか?」

大して気にした様子もなく、ラクスはそう言う。彼女にとって、これくらいの遅れは、遅れではないようだ。

おずおずと、アスランは手にした薔薇の花束を差し出す。

「これを……」

「まぁ、有難うございます」

ラクスは嬉しそうにバラの花束を受け取ると、その香りをかぐ。その周りを、無数のハロたちが飛び回っている。彼が組み立て、贈ったハロだ。

しかしこうまで多いと、うるさくてかなわない。

「あの……しかし何ですか?このハロたちは」

「お客様を歓迎しているんですわ。さあ、どうぞ」

遠慮がちに尋ねるアスランに、ラクスはそう言って奥へと案内する。アスランは跳ね回るハロをかわしながらそれに続いた。

「しかし……これではかえって迷惑では?」

足元にじゃれ付く、大量のハロ。いくらラクスが『気に入りました』言ったからといって、これではありがた迷惑もいいところだろう。

しかしラクスは、そんな彼に向かって笑顔を見せた。彼女は彼から貰ったハロが、可愛くて仕方がないのだ。

「貴方だから、余計にハシャいでいるのでしょう。家においでになるのは、本当に久しぶりですもの」

「すみません……」

ラクスの言葉に、アスランは思わずはっとなる。彼女にはアスランを詰る気持ちなど毛頭ないのだろうが、帰ってそれが申し訳ない。婚約者同士でありながら、滅多にその家に訪れることもなく、しかもアスランは……。

アスランは、婚約者がいながら、を愛しく想っているのだから。ラクスよりも……。

長い廊下を抜け、美しい庭園に出る。足元に、『オカピ』と呼ばれる箱型のロボットが歩み寄ってきた。

ラクスが小さいころから仲良しの、大切な友達が。

「お花を持っていって、アリスさんに渡してね。それから、お茶をお願いって」

アスランのほうを見ると、彼は戸惑ったようにラクスに向かって微笑みかける。どうやら、ハロの扱いに手を焼いているらしい。そんなアスランに、ラクスはクスリと微笑むと、可愛らしい声でネイビーブルーのハロに呼びかける。

「ネイビーちゃん、おいで」

ラクスの手の中に納まったハロが、目を紅く点滅させて耳をパタパタとふる。どうやらラクスは、この大量のハロを、色で呼んでいるらしい。

四阿のほうへと歩き、椅子に腰掛ける。ペンを取り出して、ハロの顔になにやら書き出す。それは上向きのひげだった。

「今日はおひげにしましょうね〜。……これでよしっと。出来ました」

ひげを描いたネイビーブルーのハロを、庭に向かってぽぉんと離す。

「さぁ、おひげの子がオニですよ〜」

ハロたちは、ひげを描かれたハロを追って、庭のほうへと飛んでいった。漸く静かになり、アスランははぁ、と溜息をつく。そして静かに、口を開いた。

「追悼式典には戻れず、申し訳ありませんでした」

「いいえ……お母様の分、私が代わりに祈らせていただきましたわ」

「有難うございます」

母を喪ったから、アスランは戦うことを決意した。しかしその母を喪った日に、その冥福を祈るでもなく、新たな死を量産している。そんな自分の現状に、疑問を抱かないといえばそれは嘘になる。しかし……。

「お戻りだと聞いて、今回はお会いできるのかしらと楽しみにしていましたのよ。今回は、少しゆっくりおできになりますの?」

「さあ、それは……休暇の予定はあくまでも予定ですので」

ラクスは、彼の訪れをいつも手放しで喜んでくれる。しかしアスランは、そんな彼女に何もしてやれない。こうして、休暇の約束を確約してやることも出来ず、その上彼は……。

申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼女はこんなにも、彼を思ってくれているというのに……。

「このごろはまた、軍に入る方が、増えてきているようですわね。私のお友達も、何人も志願していかれて……。戦争が、どんどん大きくなってきているような気がします」

「そうなのかもしれません。実際……」

彼女らしからぬ憂いの表情を垣間見て、アスランは胸を痛めた。ザフトは、その大半が志願兵で構成される。当然、彼らの士気は高い。それが地球軍圧倒的有利の戦況を覆す要因となっているのだが、それでもラクスは悲しげだった。

戦争を早期終結させる。もう、彼の母親のような犠牲を出さないために。それだけのために彼は軍に入った。しかし戦争は少しも鎮まる気配を見せず、戦局は泥沼化している。

「そういえば、キラ様と様は今頃どうされてますのでしょうね?あの後お会いになりました?」

キラとの名を持ち出されて、アスランの背筋が強張る。ひょっとして、彼女は知っているのだろうか。自分の婚約者が、他の誰かに思いを寄せているということを。

アスランの脳裏を、一人の少女の面影がよぎる。漆黒の髪と瞳。悲しくなるほど毅く、切なくなるほど脆い少女。

そして、敵同士になってしまった親友……。青い惑星の引力に、惹かれるように墜ちていった……。

「アイツは、地球でしょう。も。無事だとは思いますが……」

「キラ様とは、小さいころからのお友達でいらしたのですか?」

「ええ……そうです。4、5歳の頃から。ずっと月にいたのですが、開戦の兆しが濃くなった頃、私は父に言われて先にプラントに上がって……アイツも後から来ると聞いていたのに……」

アスランの脳裏によぎる、あの日の光景。満開の桜がただ綺麗で、散りゆく花びらが、別れを惜しんで泣いているかのようだった。

ああ、もしもあの時、繋いだその手を離さなかったなら。彼らが敵味方に分かれて戦うことは、なかったのだろうか……?

「ハロのことをお話ししましたら、貴方のこと、相変わらずなんだなって……。嬉しそうに笑っておられましたわ。自分のトリィも貴方に作ってもらったものだと。キラ様も、大事にしてらっしゃるようでしたわ」

「アイツ、まだ持って……?」

ラクスは笑顔で、その時のことをアスランに語る。食事を持ってきたキラの肩に止まっていた、緑色の小さなロボット鳥。尋ねるラクスに、彼は笑顔で言った。自分の友達だと……。

「ええ、何度か肩に乗っているのを見ましたわ」

「そう、ですか……」

アスランの胸を、温かいものが満たしていく。けれど同時に、知らなければ良かったとも思った。キラが何を考えているか、何て。キラもまた、アスランと戦うことに、胸を痛めているなんて。もしも再び戦場で出逢ったら、キラを殺さなくてはならないのに……。

「私、あの方好きですわ……」

「えっ?」

ラクスの言葉に、アスランは驚いて顔をあげる。ラクスはふんわりと笑った。彼女が今言ったことが真実なのかどうか、それを知る術はアスランにはない。しかしどうして、こんなにもその言葉に、胸が痛むのだろう。彼はを、想っているというのに……。ラクスが仮にキラを好きになったからといって、それを咎める権利など、彼にはないというのに……。

様は、お元気でしょうか?」

「彼女は……元気だと思います。暫くの間は、怪我のために療養していたと聞きますが……。彼女にお会いしたのですか?」

「はい。あちらの艦にいたときに。自分が残るから、私を解放するよう、キラ様に仰ったそうですわ……。ご自分こそが、プラントに必要な方だというのに……」

の、最後の生き残り。けれどあの少女は、そんなことなど微塵も考えなかったのだろう。ただ、アスランに婚約者を帰したい、と。ただ、それだけを考えたのだろう……。

らしいと思う。

「ご無事だと、いいですわ……」

「そうですね……」

万感の思いを込めて、アスランは頷く。無事だといい。怪我などせず、悪意に傷ついていなければいい。

大切な少女の無事を、アスランは祈った――……。



アスランが辞去する時間となり、ラクスは彼を玄関まで見送った。

「残念ですわ。夕食をご一緒くださればよろしいのに……」

「すみません」

「議会が終われば、父も戻ります。貴方にもお会いしたいと申しておりましたのよ」

「やることが色々とありまして……その、あまり戻れないものですから……」

「そうですか……では、仕方がありませんわね……」

アスランの返答に、、ラクスは目に見えてシュンとなる。思わず、アスランは慌てた。いつも、彼女には笑顔でいて欲しい。

必死の思いで、アスランは言葉を綴る。

「あっ。時間が取れれば、また伺いますので……」

「本当に?お待ちしておりますわ」

途端、ラクスは笑顔になった。その笑顔を見ながら、アスランはそっとラクスに顔を近づける。意図を察したラクスはそっと瞳を伏せ、その頬にアスランは口付けた。

その唇は、すぐにラクスの頬から離される。婚約者同士の、儀礼的な挨拶なのか。それとも……?

「では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

扉が閉まり、アスランの姿が消える。跳ね回るハロをひとつ、そっと抱きしめて。ラクスは独り言のように呟いた。

「大変そうですわね、アスランも……」





アスランは一人、エレカを走らせていた。

頭をよぎるのは、大型スクリーンで見た、ユニウスセブンの悲劇。彼の母親を一瞬で殺した、あの光景。あんな思いは、もうゴメンだと思った。これ以上の悲劇を防ぐためには、闘うしかないと思い、力を欲した。

そしてその結果が、親友と殺し合う現実か。無理なのか。キラをこの手に取り戻すことは。

宿舎に帰り着き、アスランは部屋の電気をつけた。壁に打ち付けられたコルクボードの上には、無数の写真が貼られている。ザフトに入って、撮ったもの。ミゲルがいて、ラスティがいて……そして幼い頃のキラと自分の写真。それは、幸せの象徴ともいうべきもので……。

胸が痛くなる。次に出逢ったなら、殺しあわなくてはならない。その現実がただ、痛かった――……。



**




マイウス市にある自宅のソファで、ニコルは寛いでいた。つけられているテレビでは、アスランの父、パトリック=ザラが力強く演説をしている。

<私は何も、地球を占領しよう、まだまだ戦争をしようと申し上げているわけではない!
しかし、状況がこのように動いている以上、こちらも相応の措置をとらねばならないことは確かです。
中立を公言しているオーブ・ヘリオポリスの裏切り、先日のラクス嬢遭難の際の人質事件。そして嬢が捕虜になった際の虐待事件……。
彼らを信じ、対話を続けるべきといわれても、これでは信じろというほうが無理です>

議会にいく準備をしながら、テレビを眺めていたニコルの父、ユーリ=アマルフィが頷く。彼は穏健派の人物だが、その彼をしても、パトリックの演説に頷く部分が多いらしい。

「確かにな……。ザラの言ってることは正しいさ。反対するクラインのほうが分からん。お前の乗ってるブリッツ……だったか。構造データを見たが、見れば嫌でも危機感を覚えるよ。あの、=が遺したものと全く同じデータなのだからな……」

「テレビオフ」

ユーリが玄関に向かうのを、ニコルはテレビの電源を切ってついていく。

「父さんは、さんのお兄さんをご存知なんですか?」

=嬢には会ったことはないが、その兄と父にはあったことがある。リヒトは評議会の議員だったし、はモビルスーツの開発の件で……」

父親の応えに、ニコルはああ、と頷いた。確か彼女の兄が、彼女のためだけに開発したのだ。“ZGMF‐X08Aワルキューレ”を。





玄関のところでは、ニコルの母親が待っていた。

「車が来ましたわ」

十五歳の子供を持つ母親とは思えないほど、若く愛らしい容姿を持つ母親が、そう夫を促す。ニコルは、彼女に似ているといわれていた。

「オペレーション=スピットブレイク。なんとしても早急に可決せねば。ザラのいうとおり、我々にはいつまでもダラダラと戦争などしている暇はないのだ」

「クルーゼ隊長も、そう仰ってましたよ」

「可決されれば、お前もまた行くのだな……すまんと思う」

「い、いえ……」

改めて父親に言われ、ニコルは慌てた。父親に本気で感謝されて、慌てない十代の少年がいるだろうか。

「お前を誇りに思うよ。家にいる間は、ゆっくりと好きなことをしなさい」

「はい」

肩を優しく叩いて父親が言うのに、ニコルは笑顔で頷いた。

「下まで、お送りしてくるわね」

母親が行って、下まで見送りに行く。二人が行くのを確認して、ニコルは小さく溜息をついた。自分を誰よりも慈しみ、愛してくれる存在。彼は自分の父親と母親を、心から敬愛していた。

父の言葉に甘えるつもりで、ニコルは一つの部屋に入った。そこに置かれているのは、大きなグランドピアノ。

ピアノの前に腰掛け、その蓋を開く。美しい白と黒のコントラスト。ピアノの鍵盤の織り成すその色彩に、彼はしばし見惚れた。

それから鍵盤に手を置き、お気に入りの曲を奏でだす。

機会があったら……とニコルは思った。機会があったら、そしてもし、彼女が興味があるなら。一度に、自分の演奏を聞いてほしいと思った。聞いてくれたらいい、と思った。

きっと少女は目を輝かせて、ニコルの演奏を聞いてくれるだろう。仲間にはどこまでも優しい少女。大人びているのに、時折幼さを垣間見せる、愛しい少女。

ピアノを奏でながら、ニコルは祈る。彼がこうしている間にも、戦場に身を置く少女に。この音色が、届くといい。彼女の無事を、祈っているから――……。



**




「そんなものを見せて、まだダメ押しをしようというのかね」

スクリーンに映るモビルスーツ戦の映像を見ていたパトリックに、背後からそう、声をかける人物がいた。――シーゲル=クラインだ。

「正確な情報を提示したいだけですよ」

「正確に、キミが選んだ情報をか?」

シーゲルはそう言って、パトリックの言葉を切り返す。

「キミの提出案件、オペレーション=スピットブレイクは本日可決するだろう……。世論も傾いておる。最早、止める術はない」

「我々は総意で動いているのです、シーゲル。それを忘れないでいただきたい」

「戦火が広がれば、その分憎しみは増すぞ。どこまで行こうというのかね、キミたちは!そんなことを、リヒトが望んでいるとでも!?」

リヒト=。誰よりも協調を重んじ、ナチュラルと何とか共存しようと心を砕いた人物。そんな彼が、このような現実を望んでいたとは思えない。

しかしシーゲルの訴えは、パトリックに届きはしない。彼はもう、決めたのだ。決めてしまったのだ。

「そうさせないためにも、早期解決を目指さねばならんのです。戦争は、勝って終わらねば意味がない」

パトリックはそう言って、スクリーンの映像を消した。シーゲルには、分からない。彼の絶望も、己に抱いた嫌悪も。

リヒトが地球に赴き、死んだ。あの時、彼は自身を呪った。本来ならばそれは、リヒトではなくパトリックが行く筈だった。直前になって、リヒトが行くことになったのだ。

もしもあの時、彼が行っていたなら。リヒトは……友人は死なずにすんだのに!!

己に抱いた、嫌悪。それは憎悪とも言うべき激しさで。そしてその憎悪を、彼はナチュラルへの憎しみに変えた。妻をユニウスセブンで失って以来、それはますます顕著になった……。

そんなパトリックの心の在りようは、シーゲルにも分かる。リヒトは、彼ら二人の共通の友人だったのだから。けれどそれを、あのどこまでも優しい男が望むとは思えないから、彼はパトリックを止めようとする。

そしてパトリックは、その憎しみゆえに、ナチュラルに激しい嫌悪を抱く。それはどこまでも悲しい、すれ違いだった。二人の抱いた喪失感は同じだったのに。それのもたらしたものは、決して重なり合うことのない……。

「我らコーディネイターは最早、別の新しい種です。ナチュラルとともにある必要はない!」

「早くも未知に行き詰ったわれらの、どこが新しい種かね?婚姻統制を敷いてみても、第三世代の出生率は、下がる一方なのだぞ!」

「これまでとて決して平坦な道のりではなかったのだ。今度も必ず乗り越えられる。われらが英知を結集すれば!」

「パトリック!命は生まれいずるものだ!作り出すものではない!」

何とか男の考えを変えさせようと、彼は躍起になった。しかし、その声は届かない。こうなったパトリックを説得できるのは、昔からただ一人だった。そしてその男は最早、この世にはいない……。

「そんな概念、価値観こそが最早時代遅れと知られよ!人は進む!常によりよき明日を求めてな!」

「そればかりが幸福か!?」

自分の言葉が、男に何の感銘を与えないと分かっていても、彼は口にせずにはいられなかった。そしてその言葉によって、男が翻意することなど有得ないことも、彼は知っていた。

自分では、彼を止められない。パトリック=ザラを止められるのは、リヒト=のみ……。

<ザラ委員長、お時間です。議場にお越しください>

壁のスピーカーから流れる声が、議会の開始の近いことを教える。パトリックは扉に向かって歩きながらふと足を止め、シーゲルに言った。

「これは総意なのです、クライン議長閣下。われらはもう、今もつ力を捨て、ナチュラルに逆戻りすることなどできんのですよ」

そういい残し、パトリックは部屋を出て行った。やりきれない思いで、シーゲルはいっぱいになる。震える唇が、掠れたような声を紡ぎだした。

「われらは進化したのではないぞ……パトリック……」









カーテンをひかれた部屋。乱れたベッドの上で、呻き声を上げる人物がいる。サイドテーブルに置かれた風変わりな仮面から、男が何者かが見て取れた。

震える手で、男はサイドテーブルに手を伸ばした。薬の入ったピルケースに手を伸ばす。しかしそのまま、もんどりうってベッドから転げ落ちた。ピルケースを掴み、一錠取り出す。

噛み砕かんばかりの勢いでそれを嚥下すると、震えも少し収まったようだ。しかしその痙攣が治まるよりも先に、ベッドの上に置かれた携帯電話が鳴った。

身を起こして電話を撮る。電話に出たその声は、先ほどまで苦痛に呻いていた男と同じものだとは思えない、完璧に抑制されたものだった。

「クルーゼです」

「私だ」

「これはザラ委員長閣下。このお時間では、まだ評議会の最中では?」

「こちらの案件は通った。まだ二、三あるが。終わったら、夜にでも君と細かい話がしたい。どうかね?」

たずねられ、クルーゼはそれを確約した。

「分かりました。お伺いいたしします」

「ハハッ。我らが本気になれば、地球など……だな」

そう言って、電話が切れる。

またも発作に襲われ、クルーゼは床に崩折れた。苦痛に歪むその唇が、はっきりと笑みを象る。それは、嘲りの……。

「フン……せいぜい思い上がれよ、パトリック=ザラ……」

囁くその声には、言いようのない侮蔑と、明らかな憎悪が込められていた――……。



陽も落ちた時刻、人気のないその場所で、二人は密談していた。

「では」

「うむ。真のオペレーション=スピットブレイク。頼んだぞ」

パトリックに言われ、クルーゼはゆっくりとその口元に笑みを刷いた。そして追従交じりに、言う。

「まもなくの議長選、クラインの後任は間違いなく閣下でしょうから……。準備、抜かりなく……」

その追従に、パトリックは頷いたのだった――……。







幸せになりなさい、と貴方は言った。

私がごく幼い頃から、それが貴方の口癖だった。

一体貴方は何を思って、それを口にしたのでしょうか……?

願ったのは、兄さん。

貴方がいる未来でした。

小さいころからずっと私を慈しんでくれた、貴方がいる未来。

だから私は、彼を守りたいと願ったのでしょうか?

貴方に良く似た、イザーク=ジュールを……。






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死んだ人と顔が似ていると、あまり恋には発展しにくいような気がします。

しかもイザークはさんと顔だけじゃなく優しいところも似ているらしいですから。

唯一の違いはイザークは気が短いところでしょうかねぇ……?

こればっかりはどうにもなりませんな、ホント。



私が書くと、どうも世間が狭くなるようです。

パトリックさんとシーゲルさんとリヒトさんがお友達だったことですね。

いや、公式で『パトリックさんとシーゲルさんはパーネル=ジェセックと旧知の間柄』ってなってましたので。

ザフトが軍の名称ではなく秘密結社だったころからこの二人は同志だったようですし。だったらこの二人を結び付けられるような人がいたんじゃないかな、と思って。

ちゃんのお父さん、リヒトさんがその役になりました。

ああ、しかし戦闘から離れると書きやすいです、ホント。相変わらず名前変換は少ないですけど……。



ここまで読んでいただいて、有難うございました。