私にとって、兄が全てだったから。 兄に良く似たあなたを、失いたくはなかったのです。 この気持ちはきっと、貴方に失礼なものなのでしょう。 でも私は、貴方を守りたかった。 兄に良く似た貴方を、喪いたくなかったのです――……。 鋼のヴァルキュリア #15 間奏曲3 ――――『』―――― 誰かが、私を呼んでいる。 切なくなるほど、その声は優しい。 『愛してる』そう囁かれているようで、何だか胸がいっぱいになる。 きっと私は、愛情に飢えているのだろう。 大切な者を喪って、そして私を無条件に愛してくれる人も喪ってしまったから。 だからこんなにもその言葉が嬉しくて、悲しいのだろう。 ……愛されたい。 無条件にさし伸ばされる手。それを、求めずにはいられない。 ――――『』―――― ……兄さん?兄さんなの? こんなにも私を呼ぶその声の持ち主は。 貴方なのでしょうか……? ――――『早く起きろ、』―――― ……違う。兄じゃ、ない。 じゃあ、一体誰なのだろう? 誰がこんなにも、自分を必要だといってくれるのだろう……? だぁれ?貴方は、誰?私を呼ぶ貴方は、一体誰なのですか……? 目が、覚めた。 「……ここは……?」 「目が覚めたか、?」 「……イザーク」 自分を見下ろす青年の、端正な顔が目に入った。 兄に良く似た人。けれど決して、彼は兄ではない。 「私……は……?」 「気を失ったんだ。“ラゴゥ”が爆発するのを見て……」 「“ラゴゥ”……?爆発……?」 何だろう、それは。 ラゴゥ……?爆発……? 靄のかかる頭で、懸命に記憶を整理しようとする。 ラゴゥ……爆発……。ラゴゥ……アンディ……爆発……アイシャ……。 「あぁぁぁぁあああああ!?」 「!?」 「アンディは……!?アンディはどこ!?アイシャは!?」 イザークの腕に取り縋り、は尋ねた。 悲嘆にくれる漆黒の瞳に、胸が痛くなる。 できることなら、言いたくはなかった。けれど、言わねばならない。 ここで言葉を取り繕ったところで、事実は変わらない。 「……死んだ」 「死んだ……?」 「恐らく……な。あの爆発では、助かるまい」 「いやあぁぁぁぁあああああああっっ!!」 絶叫、した。それは最早、慟哭というにはあまりにも、悲しすぎる叫び。 少女の心が血を流しているような気が、した。 「嘘……!!そんなの、嘘よ。死ぬわけ、ない。アンディとアイシャが、死ぬわけが……!!」 必死の形相で、はイザークを見上げる。その瞳が、訴えていた。否定してほしい、と――……。 けれど、否定することなど出来る筈がない。 それが、『事実』なのだから……。 「何で!?何で皆、私を置いて逝くの!?」 誰も彼もが、を置いて逝ってしまう。 大好きだった、最愛の兄――=。 兄の親友で、もう一人の兄といっても過言ではなかった、ミゲル=アイマン。 クルーゼ隊に引き抜かれる以前に共に戦った、メイラムにカークウッド。そして……。 “砂漠の虎”アンドリュー=バルトフェルドとアイシャ……。 誰も彼もが、を置いて逝く。 「……」 「どうして……?皆……私……」 ああ、とイザークは思った。 ザフトが誇る、戦う戦乙女。『鋼のヴァルキュリア』=。 彼女は、弱い。こんなにも。その精神の有様が。彼女は、耐えられないのだ。喪失に――……。 そしてだからこそ、彼女は強い。喪わないために、戦い続ける。 どこまでも哀しい、戦乙女……。 「俺の腕でも、あるだけマシだろう……?」 「イザーク……」 「泣け。好きなだけ泣いていい。俺の腕を提供してやる。だから……」 一人で、暗闇で泣くようなことだけは、しないでほしい。それでは、あまりにも悲しいから……。 イザークの腕が、の背にまわされる。 苦しくない程度に、抱きしめられる。 その手がそっと、の背をさするように撫でる。優しく、その身を揺さぶる。 どうしてこの人の腕の中は、こんなにも温かなのだろう? どうしてこの人は、こんなにも優しいのだろう? いいのだろうか?この温もりに、縋りついても。 ザフトが価値を見出すのは、戦うヴァルキュリアとしての『=』だ、戦えなくなったヴァルキュリアに、ザフトは決してその価値を見出しはしない。 そんなことは、分かっている。分かりきっている。それなのに、なおも焦がれてしまう。 自分を甘やかしてくれる、手。 自分を甘やかし、庇護してくれる存在。それを……。 貴方に縋りついても、いいのでしょうか? 貴方は私を、独りにしない……?ずっと、傍にいてくれますか……? 兄に良く似た人。けれど決して、兄ではない人。 貴方は私の、兄ではない。けれど……。 その存在に、縋りつかずにはいられない。 喪いたく、ない。あまりにも亡き兄に似ている人。この人を喪ったなら、きっと自分はおかしくなるだろう。 『自分』と言う存在のためには、彼が必要なのだ。『自分』という存在を、保つためには……。 イザークの手。彼の腕の中。まるで、兄に抱きしめられているようだ。 落ち着く……。 体内に抱えた澱を吐き出すかのように、は泣いた。 イザークの腕の中。感じる彼の心音。心地よい温もり。 今だけは……と思う。 今だけは、この温もりに甘えさせてほしい。縋らせてほしい。明日になれば、また『ヴァルキュリア』である=に戻るから。 今だけは……今だけは、まだ十五歳の、ただの=でありたい。 そう、思った――……。 「では」 見送りに来た両親に、ニコルは軍人の顔で敬礼をする。 優しげな顔を曇らせた父が、それに頷いて。穏やかに笑う母が、万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。 「今度も、無事で……」 「はい。行ってまいります」 母の言葉に、ニコルは年相応の笑顔を浮かべた。 そしてそのまま、搭乗機のほうへ移動する。 案じるようにニコルを見つめる妻に、ユーリ=アマルフィーはすまなく思ってしまう。愛する息子を、戦場に送る。それを決議したのは、彼自身なのだから……。 「ニコル!」 「ああ、アスラン。この間は、有難うございました」 「いや、いいコンサートだったね」 無重力の空間を、浮かびながら移動するニコルに後ろから声をかけたのは、アスランだった。 ニコルは年上の同僚に、いつもどおり少女めいた優しい笑顔を浮かべる。 先日、コンサートに出席してくれたことに礼を言うと、アスランは曖昧に微笑んだ。 そんなアスランを見て、ニコルは悪戯っ子の笑みを浮かべる。 「寝てませんでした?」 「いや……そんなことはないよ……」 図星を指されて、アスランは慌てる。 歌姫の婚約者である彼は、音楽方向には疎く、ニコルの演奏を聴いてるうちに、その音の心地よさに思わず眠ってしまったのだ。 ニコルは、さびしそうに言った。 「本当は、もっとちゃんとしたのをやりたいんですけどね……」 「今はな……。このオペレーション=スピットブレイクが終われば、情勢も変わるだろうから……」 慰めるように言うアスランに、ニコルも笑顔を取り戻す。 「でも、今回は結構、ゆっくり出来ましたね」 「ああ」 「僕、降下作戦初めてなんです」 「俺だってそうだよ」 アスランの言葉に、「あ、そうか」とニコルは頷く。 アカデミー時代からの同僚である彼らにとって、先の『G奪取作戦』が始めての実戦だったのだ。 「漸く、さんたちと同じところにいけますね」 「そうだな」 「さんにも聞いてほしかったんですけど。僕のピアノ……」 「地球にいるんじゃ、しょうがないしな」 「そうですけど……」 に、聞いてほしかった。 そんなニコルに、アスランは宥めるように笑った。 「この作戦が終われば、時間はいくらでも取れるだろうから、その時招待したらどうだ?」 「そうですね」 笑顔を取り戻すニコルに、アスランは兄のような気持ちで微笑む。 ――嗚呼、どうして。 このままの日々が、永遠に続くなどと思ったのだろうか。 今、彼らは戦争をしているというのに。 どうして――……。 ヴェサリウスは『オペレーション=スピットブレイク』のために、地球降下作戦を開始する。 運命はまた一つ、時を刻んだ――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ さんが求めるのは、結局のところ『兄』なのかもしれません。 闘えなくても、その力がなくても、自分を無条件に愛してくれる存在。 そんな人を、求めずにはいられない。それは、戦わねばならない彼女にとって、甘えであるのかもしれません。 でも、人間一人では生きられません。 誰よりも愛してくれる存在を求めるのは、当然のことだと思います。 イザークの気持ちを知らなければ余計に、それをしてしまうのではないでしょうか。そうです。まださんにとって、イザークは『兄』なのです。 それ以上でも、それ以下でもないのです。 頑張れ、イザーク。 ここまで読んでくださって、本当に有難うございました。 |