もう、血の匂いしかしない。 あまりにも多くの命を奪い続けてきた、手。 罪悪感を感じるというわけでは、ないのだけれど。 私にとって、兄が全てで。 兄を奪ったナチュラルは、憎い仇でしかない。 けれどそれでも、時々思ってしまうのは、知っているから。 私がしていることは、いくら言葉で飾ろうと、人殺し。 それ以外の何物でもないことを――……。 鋼のヴァルキュリア #16 キリエ〜前〜 砂漠を抜け、アークエンジェルは紅海へ出た。 何故かカガリと、それとキサカも一緒だ。 交代で半間休息を取ることを許可されたクルーたちは、それぞれデッキに出る。 キラもまた、デッキに出ていた。 友人たちと顔をあわせるのが、気まずい。だから、誰もいないそこに、キラはいた。 海なんて、ここからは少しも見えやしない。けれどそれよりも、一人になりたかった。 デッキに腰を下ろし、ぼんやりと水平線を眺める。 今はもう亡い敵将の声が、姿が唐突に浮かんだ。 ――――『何でこれをクジラ石というのかねぇ。これ、クジラに見える?』―――― ――――『ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?』―――― ――――『戦うしかなかろう!?互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!!』―――― ――――『敵であるものを、全て滅ぼしてかね?』―――― 今も鮮やかによみがえる、その姿。 しかしその人ももう、いない。キラが、殺した――……。 ――――『そう。普段は大人しいのに、戦いになると興奮して、人が変わったように強くなる』―――― ――――『ナチュラルなんて全て、殺してしまえばいい』―――― ――――『私から全てを奪ったのは、貴様らだ!!』―――― ――――『アンタ、自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ!?』―――― フラガの、声。の、言葉。その悲痛な叫び。 そして父を喪ったときの、フレイの慟哭……全てが、キラを追い詰める。 戦わなければ、ならない。キラが戦わなければ、皆死んでしまう。 愛するものを守るためには、敵を全て殺すしかないのだ。 しかし彼が撃つ敵は、彼の同胞で……。 戦えば、戦争は終わるのか。屍の山の果てに、未来はあるのだろうか。 いつまで……。一体いつまで、こんなことを続ければいい……? 膝を抱え、小さくキラは縮こまる。それはまるで、小動物の自己防衛本能にも似た……。 その時、急に背後の扉が開いた。 現れたのは、カガリだった。 キラは立ち上がり、僅かに俯く。 無遠慮にカガリはキラの顔を覗き込んだ。 「お前……泣いてたのか?」 あまりにも直球する問いに、キラの頬に朱が上る。 そのまま黙って立ち去ろうとするキラを、カガリはそっと抱きしめた。 突然のことに、キラは慌てる。慌てて身を離そうとするキラの背を、カガリはそっと撫でた。まるで、母親が幼子にするかのように。 「よしよし、大丈夫だ。大丈夫だから……。大丈夫だ、大丈夫……」 最初は慌てていたキラも、いつしかその感覚に身を委ねていた。 体の奥にある、言い知れぬ澱み。それが、少しずつ消えていく。ささくれ立っていた心が、静まっていく……。 「落ち着いたか?」 「あ……うん」 尋ねるカガリに、キラは顔を赤らめながら答えた。 キラのその態度に、カガリは漸く自分たちのとっている態勢に気付いたようだ。 慌てて、カガリはキラから身を離す。 「ご、誤解するな!泣いている子は放っといちゃいけないって……。ただ、そういうことなんだからな!これは……」 「あ……うん」 先ほどまで自分を宥めてくれていた少女とはまるで別人のような態度に、キラは思わず笑ってしまう。 キラは、デッキから海を眺めていた。カガリはデッキに腰掛け、そんなキラを見ている。 「お前さ、なんか色々おかしすぎ」 「え……?」 「この間は偉そうなこと言って、人のことひっぱたいておいて……」 キラは唐突に、その時のことを思い出す。 舞い上がる硝煙。 無残に焼け焦げた、モビルスーツ。 そして、かつて人であったもの。その、器――……。 無謀な戦いを仕掛け、死んだ少年。苛立ちのあまり自分がぶつけた言葉。 ――――『気持ちだけで、一体何が守れるって言うんだ!!』―――― あの頃、自分はどこまでも単純でいられた。 アスランと、そしてと戦わねばならないという現実はあったけれど、それでも。 守りたい人を守るためなら、撃たねばならない。それだけの思いで戦った。 思わずキラは、少女に詫びを入れる。 「あ……ごめん……」 「ふん……ま、いいけどな。もう……。……大体何で、お前コーディネイターなんだよ」 「え?」 他人にそんなことを聞かれるのは、初めてだった。 怪訝そうな顔をするキラに、カガリは慌てて言葉を言い換える。さっきの言葉では、誤解を招きかねない。 「ああ……じゃないじゃない。何でお前、コーディネイターのくせに地球軍にいるんだよ?」 「やっぱりおかしいのかな……。よく言われる」 ――――『お前が何故地球軍にいる!?何故ナチュラルの味方をするんだ!!』―――― ――――『だが君は、裏切り者のコーディネイターだ』―――― ――――『君はまだ、彼女たちを守って戦うの?私たちを……君の同胞を殺すの……?』―――― アスランの言葉。アルテミスで地球軍の士官に言われた言葉。そしての……。 「おかしいとか、そういうことじゃないけどな。けど、コーディネイターとナチュラルが敵対しているから、この戦争が起きたわけで……お前にそういうのはないのかってことさ。それにお前、あの女のこと、好きなんだろう?」 「あの女……?さんのこと?……うん。でも、もう駄目だよ。さんはきっと一生、僕を許してはくれないから……。……それよりカガリ、君は?君には、ないの?そういうのは」 「私は、別に。コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ」 「……僕も」 コーディネイターは確かに彼の同胞なのだけれど。 彼が守りたいのはナチュラルの友人で。自分がコーディネイターだから、相手がナチュラルだからという理由だけで、それを排斥することは出来ない。 それは、おかしいのだろうか?戦場で出会えば、己と違う存在であれば、それは全て敵なのだろうか? 「ただ、戦争で攻撃されるから、戦わなきゃならないだけで……」 「僕も」 笑みを滲ませてそういうと、カガリはきっとキラを睨みつけてきた。どこまでも素直なその反応に、キラはなんだか嬉しくなる。 だから、呟いた。 「コーディネイターだって、同じなのに……皆と」 「だがお前たちは、私たちよりずっと色々なことが出来るだろ?生まれつき」 「ちゃんと練習したり、勉強したり、訓練したりすればね。コーディネイターだからって、赤ん坊の頃から何でも出来るわけじゃないよ」 よく誤解されているようなのだが、コーディネイターは生まれつき何でも出来るわけではない。 コーディネイターの持つものは、素地の要素のみで、努力をしなければ結局それも宝の持ち腐れになってしまうのだ。 もっとも、努力が必ず報われるだけでも、ナチュラルにとっては羨ましい限りの話なのかもしれないが……。 「確かに、怖い病気にはかかんないし、何かの才能とか、身体とか……色々遺伝子を操作して生まれてきたのが僕たちだけど……。でもそれってナチュラルの……っていうか、夢だったんじゃないの?みんなの。だから僕たちが……」 「まぁ、そうだよな」 「なのになんで……」 更に言葉を続けようとしたキラだったが、思わぬ邪魔が入った。 ――――フレイだ。 「キラァ!こんな所にいたの?」 「フレイ……」 キラは、思わず狼狽した。 フレイは軍服の上着を脱ぎ、タンクトップ姿で、デッキを照らす太陽に手をかざした。 「ふぅ、暑い……。もう、探しちゃったわよぉ。何よぉ、デッキに出るんだったら、誘ってくれればいいのにぃ」 「ああ……ご、ごめん……」 フレイがキラに手を伸ばして、立ち上がらせる。 甘えたような仕種で、キラにしがみついた。 キラはカガリのほうへ目をやる。案の定、彼女はしらけたような目で、キラを見ていた。 「気持ちいいわね〜。でも、日に焼けちゃうな。少ししたら、部屋に戻りましょ」 「じゃあな。お邪魔みたいだから」 「あっ……!」 日に焼けっぱなしのカガリへのあてつけのような言葉を口にするフレイ。 カガリは呆れたように彼ら二人に目をやり、立ち上がる。 キラは、知らない。 燃えるような目で、フレイがカガリの後姿を睨みつけていたことを。 フレイは、憤っていた。 自分に内緒で、キラがまるで少年にしか見えない少女と話をしていたことに。 ただ、憤っていた。 フレイだって、知っていた。キラが、あの女を、ザフトの『ヴァルキュリア』=を愛しく思っていることを。 そして同時に、キラが以前、自分を愛していたことを。 知っていたからこそ、手を打った。キラを、幸せになんかしてやらない。 優しい、優しいキラ。 一度でも関係を持ったフレイを突き放すことなんて、恐らく決して出来ないキラ。 己が抱えた胸の痛みを。そのわけを、フレイはまだ知らなかった。 もしもそれを知っていたなら、運命は変えられたのだろうか……? けれどそれでも、彼女は選んだのだ。 と同じく、自らの意思で。 その、結末を――……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ そういえば。あともう少しで第2クールも終了☆です。 な、長かった……。 あともう少し〜。 って。もうすぐ今度はニコルを殺さなきゃいけないんですか……? いや……ニコルを殺すなんて……。 今回はまた、久しぶりにフレイが書けました。 フレイは、少しずつキラの優しさに惹かれていってるんです。 でも、復讐に目が眩んでるから、それに気付けない。 ……人間って大変です。 そして今から予告します。アスカガ嫌いの私は、運命の出会いをぶっ潰す気でいますので。 アスカガ好きな方は、コブつきで運命の出会いになります。 あらかじめ、ご了承してくださいませ。 それでは、ここまで読んでいただき、有難うございました。 |