Christe Eleison… 歌が、聞こえた。 綺麗な声、だった。 世の悲しみを知っているからこその、綺麗な声……だった……。 鋼のヴァルキュリア #16 キリエ〜中〜 風に乗って、声が聞こえた。 綺麗な声、だった。 思わず、そちらに目をやる。 綺麗に微笑んで、少女が立っていた。 「地球にようこそ、アスラン。ニコル」 「!」 「さん!」 ラダーを伝って機体から降りたアスランに、ニコルが駆け寄る。 「アスラン、クルーゼ隊は、第2ブリーフィングルームに集合ですって」 「ああ」 頷いて、二人は軍人らしく駆け足でそちらに向かった。に会ったのは、まさにその矢先のことだった……。 「今の歌、さんが?」 「あはは。聞こえてた?うん、私が歌ってた」 「なんていう曲ですか?」 ニコルが尋ねると、一瞬は悲しそうに微笑んだ。 「Kirye〈憐れみの賛歌〉よ」 そういえば、と二人は思った。 が親しくしていた人たちは、またいなくなったのだ。 親しくした人が、どんどん周りからいなくなってしまう。 いくら今が戦時中とはいえ、それは容易に慣れることが出来るものではない。 だからこそ、歌ったのだろう。祈ったのだろう。せめて、死後は安らかに……と。 「さん、歌上手いんですね……」 「そうかなぁ……。ラクス嬢に比べたらまだまだだし。……ゴメンね。ラクス嬢の歌を聞き慣れてるアスランに、あんなの聞かせて……」 「いや。俺も、の歌は綺麗だと思ったよ」 アスランがいうと、ははにかみながら微笑んだ。 「アスランは、音楽はしないの?」 「う〜……ん。実は、そっちのほうは俺、さっぱりでね」 「そうですよ。アスランは僕のコンサートでも、居眠りしてましたもん」 「居眠り!?アスランが!?意外……」 面白そうにいうに、悪乗りするニコル。 何気ない日常が、こんなにも愛しい。 その時、ニコルが言った言葉に、は天地がひっくり返るほどの衝撃(大袈裟)を受けてしまった。 「良かったですね、アスラン。イザークと楽器で勝負することがなくて」 「う゛……それは俺、完敗するかも……」 「楽器?イザーク、楽器できるの?なんか想像つかないなぁ……」 「でしょう?でもこれが、結構上手いんですよ」 ニコルの言葉に、は懸命にイザークが演奏しそうな楽器を思い浮かべる。 「う〜ん……と。タンバリン……とか?」 「……それくらい、俺でも出来るよ、」 「分かりませんよ。あれはあれで、なかなかリズムを取るのが難しいですから。でも残念ですね、さん。外れです」 て言うか、イザークがタンバリン鳴らす姿って、想像しただけでも怖くないですか?なんて真顔でいうニコルに、は思わず吹き出してしまう。 確かに、怖い。て言うか、見たくない。 笑いというものは、伝染してしまうもので。ふと気付けば、アスランも笑っていた。 「で、イザークは何をするの?」 「ふふ。聞いて驚け、ですよ。イザークは、バイオリンをするんです」 「「バイオリン!?」」 ニコルの応えに、アスランとの問いがきれいに重なった。 イザークが、バイオリン……? 「さ……さすが、女性に『王子様』なんて言われてるだけのことはあるわね……」 「言われてるのか……」 「言われてるんですね……」 の妙な納得の仕方に、アスランとニコルは遠い目をした。 さすがは、プラントの貴公子(王子でも可)イザーク=ジュールだ。 「ニコルは、聞いたことあるの?」 「はい。ずっと前に、演奏会に行ったことがありますよ。小さいころだったから、イザークは忘れてるかもしれませんが」 「ふぅん。やっぱり、得意なのはベートーヴェンとか?モーツアルトは、キャラじゃないわよね、イザークの。もしくは、ワーグナーとか?派手だし。バッハ系は苦手そう……」 「イザークの得意なのは、バッハですよ。もしくは、超絶技巧的な曲ですね」 「要するに、技術は完璧ってこと?」 が尋ねると、ご名答です、といってニコルは笑った。 「でも、いいなぁ。私も聞きたい、ニコルのピアノ……イザークのバイオリンも聞いてみたいけど。笑えそうで」 「じゃあ、どうですか?」 の呟きに、目を輝かせてニコルが提案する。 それは、どこまでも楽しい遊び。 きっとこの少女なら、頷くに違いない。 「セッションしませんか?ピアノとバイオリンと歌で」 「面白そう!……ってちょっと待って。歌って、私?私が、歌うの?」 「当たり前じゃないですか!きっと楽しいですよ。曲は、さんの好きな曲でいいです。僕が編曲しますから」 「……マジ?」 目をキラキラとさせるニコルに、は少し及び腰になる。 の問いに、ニコルは満面の笑みで頷いた。 「マジです」 「いや、イザークがいいって言うかどうか……」 「きっと言いますよ。約束ですよ、さん。平和になったら、皆で演奏会をしましょう」 「……俺は聞き専で」 ね?と小首を傾げて尋ねるニコルに、はやがて笑顔で頷いた。 「約束よ、ニコル。アスラン、その時は、寝ないでね」 「……善処するよ」 「居眠りしたら、アスランには罰としてラクス嬢の曲を歌ってもらうからね」 「……絶対に寝ない」 アスランの答えに、二人は吹き出す。 和やかな雰囲気で、三人は第2ブリーフィングルームに向かった――……。 「お願いします、隊長!アイツを追わせてください!!」 「イザーク、感情的になりすぎだぞ」 ブリーフィングルームの外からでも聞こえる、苛立ったイザークの声。 そしてそれをクルーゼが諫める、まさにそのタイミングで、三人は室内に足を踏みいれた。 足を踏みいれた途端に、気まずそうに自分を見るイザークの、アイスブルーの瞳とぶつかった。 がトテトテとイザークのほうに歩み寄り、怒気を鎮めるように肩を叩く。それから真っ直ぐと、ディアッカの後ろの席へ着席した。 それに、何故か痛みは感じなかった。親しげな二人の姿よりも、イザークの顔面を大きく横切るその傷に、目が吸い寄せられてしまった。 「イザーク、その傷……」 「フン!」 バツが悪そうに、イザークは顔を背ける。 そんなイザークの現状を、代わってクルーゼが説明した。 「傷はもう良いそうだが、彼はストライクを撃つまでは、痕を消すつもりはないということでな」 「……」 「“足つき”がデータを持ってアラスカに入るのは、なんとしてでも阻止せねばならん。だが、それは既にカーペンタリアの任務となっている」 「我々の仕事です、隊長!アイツは最後まで我々の手で!」 「私も同じ気持ちです、隊長!」 イザークの言葉に呼応して、ディアッカが立ち上がる。 普段、どこか斜に構えている傾向のある男のこの発言に、アスランもニコルも驚いた。 だがそれも、続く言葉にかき消される。 「私も、イザークとディアッカの発言を支持します。あいつは、撃つべきです」 「さん……ディアッカ……」 「ふん。俺もね、散々屈辱を味わわされたんだよ!」 「私にも、あいつを撃つべき理由があるわ」 ストライクは、ミゲルを殺した。 バルトフェルドもアイシャも、殺された。 そしてこれからも、同胞を殺し続ける。 挙句、からもう一度、『兄』を奪おうとした。 それは決して、許せるものではない。許しては、おけない。 「無論、私とて思いは同じだ。スピットブレイクの準備もあるため、私は動けんが、そうまで言うなら君たちだけでやってみるかね?」 「はい!」 クルーゼの言葉に、勢い込んでイザークは言う。五人で隊を結成するとなった場合、隊長となるのは当然イザークである筈だった。 イザークは他の三人より年長であり、アカデミーの成績も次席だ。また、クルーゼ隊の中では既にリーダー的な役割を担っている。 しかし、そうはならなかった。 クルーゼは真っ直ぐと、アスランを見る。 「ではイザーク、ディアッカ、ニコル、アスラン、そしてで隊を結成し、指揮は……そうだな。アスラン、君に任せよう」 「えっ!?」 クルーゼの言葉に、とディアッカは、案じるような視線をイザークに向けた。 イザークとアスランの仲が悪いことは、周知の事実だ。この決定に、イザークが決して心穏やかでいられないことは、想像するに難くはない。 案の定、イザークは殺意のこもった眼差しでアスランを睨みつけている。 イザークにしてみれば、アスランにだけは負けるわけにはいかなかった。 たった一人の少女に、焦がれた者同士、彼にだけは負けるわけにはいかない。 彼ら二人が愛した少女は唯一の存在であり、その心を得る者もまた、どちらか一人なのだから。 「カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配する。直ちに準備に取り掛かれ」 クルーゼは扉のほうまで歩いていった。そして未だそこに立っているアスランの肩を叩く。 「隊長、私が……?」 「色々因縁のある艦だ。難しいとは思うが……君に期待する、アスラン」 それだけを言い残し、クルーゼは退室した。 その背中を見送りながら、ディアッカとイザークが聞こえよがしに言う。 彼らは、アスランの下につくことを、許容できないのだ。 「ザラ隊ね……」 「ま。お手並み拝見といこうじゃない」 「誰が隊長でもいいわよ。あの機体を落とせるんなら」 貴方は、私が守るから。 兄さんを、私は守ることが出来なかった。 ミゲル兄さんも、守れなかった。 二人の分も、守るから。二人を守ることが、出来なかったから。 守るから。 貴方は私が、必ず守ってみせる。 絶対に、殺させたりはしない。 イザークの後姿を見つめながら、はそっと、心の中で呟く。 守るから。守ってみせるから、と……。 イザークは、そんなの気持ちなど、知らない。ただ、アスランが憎たらしくて仕方がなかった。 イザークの強い視線を浴びながら、アスランの心の中で、以前クルーゼに言われた言葉が蘇る。 既に、イザークはキラの手によって傷を受けた。 もだ。 バルトフェルド、ミゲルと、数々の同胞が殺された。 このままキラを生かしておけば、一体どれだけの同胞がその手にかかることになるだろう? それだけは、なんとしてでも避けなければならなかった。 そして……撃つならせめて、それは己の手で。 隊長になった以上、戦闘に手を抜くことは許されない。 ストライクは、必ず撃たねばならない。 そしてそれは、己の手でけりをつける。 キラと親友同士であり、輝かしい時を共有した者としての、その責任にかけて……。 無言の決意に、アスランは血が滲むほど手を握り締める。 それが二人の、選んだ道だったのだから――……。 二話でカタをつけるつもりだったのに、三話使いそうな勢いです。 アスランとニコルは、久しぶりで。 なんだか少し、書くのが楽しかったです。 イザークの楽器は、スーツCDの設定で。 いや、バイオリン弾くとは言ってませんでしたが、王子ですから。 ぜひともバイオリンを弾いていただきたいです。ヴィジュアル的にもいけると思うんですが、どうでしょう? それでは、ここまで読んでいただき、本当に有難うございました。 |