もしもその先にあるものに意味があるとしたら、 それは誰に対するものなのだろう。 私に、それは意味するものなのか。 それとも、別の人に意味するものなのか。 鋼のヴァルキュリア #17 円舞曲〜中〜 「ロストしたのはどこなの!?無線は!?」 「駄目です!応答ありません!」 「MIAと認定されますか?」 カガリが搭乗したスカイグラスパーからの交信が途絶え、騒然とした艦橋に、冷静な声が割って入る。 言うまでもなく、それはナタルのものだった。 聞き慣れない単語に、サイたちはその言葉の意味を大人たちに尋ねる。 「何です、それ」 「“ミッシング・イン・アクション=戦闘中行方不明”。ま、『確認してないけど戦死でしょう』ってことだな」 「それは早計ね、バジルール中尉。撃墜されたとは限らないのよ」 ナタルの冷静すぎるその言葉に気分を害したことは、マリューのその顔を見れば明らかだった。 マリューはそのまま、ミリアリアのほうへ振り向き、 「日没までの時間は?」 「や……約一時間です!」 「捜索されるおつもりですか!?ここはザフトの勢力圏で……」 マリューの言葉に、ナタルは慌てて異議を唱える。 ここは、ザフトの勢力圏なのだ。早く脱出するに限る。 確かにあの少女はナタルたちを守るために戦ったのかもしれないが、あの少女一人とクルー全員の命と、秤にかけるまでもない筈なのに。 何故、この艦長はそれが分からない!? 少女一人の身の安全のために、クルー全員の命を危険に晒していいものか。 「上空からは、もう辛いわね。簡単な整備と補給が済んだら、ストライクに海中から探してもらうしかないわ」 「艦長!」 「報告にでも記録にでも、好きに書きなさい!」 翻意を促すナタルの声に、マリューは語気も荒く言い捨てる。 これには、さしものナタルも押し黙ってしまった。 静まり返る艦橋で、マリューは小さく呟く。 「放っておけないわ……あの子……」 結局、帰投してきたキラに、マリューたちはカガリ捜索の任務を下した。 同じ頃、ザフト軍カーペンタリア基地でも、ひとつの騒動が持ち上がっていた……。 カーペンタリア内の一室で、ニコルは所在無さ気に佇んでいた。 アスランと。二人の乗る2機の輸送機が、行方不明との報告が入ったのだ。 やきもきするニコルの傍らで、ディアッカは雑誌のページをぱらぱらと捲り、イザークはアスランとのその後の情報を聞きにいっている。 やがて扉が開き、イザークが姿を現した。 「イザーク!アスランとさんの消息……」 「ザラ隊の諸君!」 言いかけるニコルを制して、イザークは芝居っ気たっぷりに口を開いた。 その口元にたゆたうのは、皮肉の微笑。あたかも、ライバルの失点が楽しくて堪らないと言いたげな。 「さて、栄えある我が隊、初任務の内容を伝える。それは、これ以上ないというほど重要な……隊長、及び我らが『ヴァルキュリア』=嬢の捜索である!」 冗談めかしたその言葉の裏に、自分では如何ともし難い状況に焦れる少年っぽい感情の起伏が透けて見える。 「ま、乗ってた飛行機が落っこっちまったんじゃしょうがない。本部も色々忙しいってことでね。『ヴァルキュリア』の捜索には本部の人間を使ってもいいが、自分たちの隊長は自分たちで探せってさ」 「やれやれ。幸先のいいスタートだね」 「とはいっても、もう日が落ちる。捜索は明日かな」 「そんな!」 イザークの言葉に、ニコルが非難の声を上げる。 ニコルとしては、その決定は承服しがたいものだった。 墜ちたのは、アスランとなのだ。彼が兄とも慕い姉とも、そして妹とも思う二人なのだ。 一刻も早く、二人を探し出したい。 そもそも、イザークはなんとも思わないのか。 墜ちたのは、なのだ。 アスランをライバル視するのは分かるが、を何故放っておける……? 「“イージス”に乗ってるんだ。落ちたっていったって、そう心配することはないさ。大気圏に落ちたってわけでもないし」 「ま、そういうことだ。今日は宿舎でお休み。明日になれば母艦の準備も終わるってことだから、それからだな」 愉快そうに笑いながら、イザークはブリーフィングルームを出て行く。 ニコルは唇を噛み締め、空を見上げた。 プラントと違い、地球の天気はひどく不安定だと聞いた。 明日は雨だろうか。それとも晴れだろうか。今日の夜は……? 二人を思うと、それだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。二人が、無事であればいいのだけれど……。 物思いにふけるニコルの耳に、くぐもった笑い声が聞こえた。 ……ディアッカだ。 「あいつも、素直じゃないねぇ」 呟くディアッカに、ニコルは怪訝な顔を向ける。 それを見て、ディアッカはニコルについてくるよう促した。 ディアッカがニコルを連れ出したのは、格納庫だ。 母艦だのMSだの多種多様な機体がそこには置かれている。それに雑じって、イザークはいた。 「まだ輸送機の用意は出来ないのか!?いなくなったのは、俺たちの隊のメンバーでもあるが、貴様らの『ヴァルキュリア』だろうが!!」 怒鳴ると言うより当り散らすようなその様子からは、先ほどまでの余裕は欠片も感じられない。 ニコルは一瞬、あっけに取られた。 そして、思わず笑みを洩らす。 不器用な彼らしい想いかただ、と思う。 本当は、が心配で堪らないのだろう。そういえば、が捕虜になったときも、その報せに一番荒れていたのはイザークだった。 不器用なだけなのだ、イザークは。 本当は優しいのに、それを容易には出せないだけで。本当は、アスランの身をも心配しているのだろう。 そうでなければ、2機の輸送機の整備に自ら当たったりはすまい。 ああ、そういえば……とニコルは思う。アカデミー時代から、イザークはそうだった。 ニコルを馬鹿にするような発言を繰り返してはいても、遠まわしにアドバイスをくれるような、そんな人間だった。イザーク=ジュールと言う少年は。 射撃がなかなかうまく出来なかったとき、イザークは言ったのだ。 『そんなことも出来ないなら、軍人なんて辞めてしまえ』と。 そして、こう言った。 『そんな細い腕なら、反動が来るに決まっている』 それは彼なりの、遠回しのアドバイスだったのだろう。 あの時は分からなかったけれど、今なら分かる。 そしてだからこそ、もまた、イザークに心許したのだろう。 「でも、さんにはアスランの方がお似合いだと思いますけど」 「勘弁してくれよ。んなことになったら、イザークが荒れっぱなしになるだろうが」 「確かに。でも、アスランの方がいいんじゃないですか?」 「賭けるか?ニコル。そんなに自信があるんだったら」 冗談めかして尋ねると、ニコルは頷く。 「いいですよ。アスランとくっつくほうに賭けます」 「じゃ、俺はイザークに賭ける」 願うのは、愛しい少女の幸せ。 その時少女の隣に立つのは、一体誰なのだろう。 交わされた小さな小さな約束。 けれどそれが、後に強かに胸を抉る棘になることを、彼らはまだ知らなかった――……。 「お前、本当に地球軍の兵士か?認識票も無いようだし……。俺は戦場で、ああいう悲鳴は聞いたことがないぞ」 「悪かったな!」 アスランが言うと、少女はばつが悪そうな顔をしながらも怒鳴りつけてきた。 兵士ならば、ああいう悲鳴はあげないだろう。 それは、も同じだ。 はおそらく、ああも悲鳴はあげまい。いや、彼女の場合は、敵に殺されるくらいならば自ら命を絶つくらいやってのけるだろう。 軍人として教育された彼女の、それは軍人らしい側面だった。 アスランは非常用パックを開け、応急処置用のキットを取り出した。そして先ほど弾が掠めた肩先に、止血用パッドを貼る。 「俺たちの輸送機を墜としたのはお前だな?向こうの浜に機体があった」 「私を墜としたのはそっちだろうが!」 アスランが尋ねると、少女は言い返す。 捕虜としての自覚がないのだろうか? アスランはこみ上げる微笑を堪えながら、尚も言葉を重ねる。 「所属部隊は?何故あんなところを単機で飛んでいた?」 「私は軍人じゃない!所属部隊なんかないさ!こんなところへは来たくて……」 手足を縛られたまま起き上がろうとして、少女はバランスを崩した。 おかしな奴だ、とアスランは微笑ましさすら感じてしまう。 「……お前、あの時ヘリオポリスを襲った奴らの一人か?」 「!?」 不意に尋ねられ、アスランは言葉を失った。 鋭いまでの鮮烈な金の瞳が、アスランを正面から睨み上げる。 「私もあの時あそこにいた。お前たちがぶっ壊した、あのヘリオポリスの中にな!」 言葉を連ねたとて、それが目の前のこの少女に通用するとは、アスランには思えなかった。 ただ黙って少女を見下ろすアスランの耳に、馴染み深い声が飛び込んできた。 「アスラン!!」 「!?どうしてここに?」 「ディアクティブモードのイージスがパージされるのを見たから……。追いかけてきた。アスランの輸送機の乗員は、救助してくれるように私が乗り合わせた輸送機の乗員に頼んだから、心配しないで」 「そうか。有難う」 彼らの身は、アスランとて案じていた。 その無事を知り、アスランはほっとする。 「で。それは何?」 はそう言って、アスランが捕虜とした少女を指差す。 「あの戦闘機に乗っていたんだ。地球軍ではないようだが……」 「……地球軍じゃない……ねぇ。どういった論理で、そういうのかしらね」 砂漠で出会った少女。 彼女に対して、はあまり良い感情をもってはいない。 砂漠で、この捕虜となった少女はキラたちと行動を共にしていた。 ならば、地球軍の一員。もしくは、それと考えを同じくするものと考えてもよいだろう。 地球軍でない筈がないではないか。 「武器は?」 「もっていないようだが?」 「そっか。残念」 武器を海に投げ捨てたことを、そして既に刃を交えたことを棚上げして、アスランはの質問に答えた。 何故か、そう言わなければならないような気がしたのだ。 それは、確信だったのかもしれない。 「武器を持っていたら、敵の名の下に殺せたのに」 「」 「アスランは、甘い。今武器を持っていなくても、敵である以上やがてそいつらは新たな武器をもってやってくる。情けをかけていたら、次はこちらがやられる」 ナチュラルよりも、圧倒的に数の少ないコーディネイター。 いかにナチュラルより優れていても、コーディネイターとて不死ではない。数が物を言うような状況になれば、如何に能力があろうとも、不利を被り殺される。 それが、戦場だ。 「アスランは、ザラ隊の隊長として、隊員に対して責任を持っているのよ。それで、隊員全てを生かすことができると思うの?」 正論だ。 の言うことは、正論なのだ。 けれどだからと言って、殺すことは出来ない。アスランはそこまで、非情に徹しきれない。 「まぁ、武器を持っていないなら仕方ないし、それが隊長の決定なら、私は従う」 「……」 「それに、そこがアスランの良いところだものね」 非情に徹しきれないところは、確かにアスランが隊長として相応しくない一面であったかもしれない。 けれど、そうやって非情になれないところがアスランの美点である筈だ。 欠点をあげつらい、美点を損なうほうがはるかに恐ろしい。 それに、アスランとは違う。 アスランに出来ないことをができるからといって、それはアスランがよりも無能であるとかそういうことではない。 そもそもの考え方のスタンスが違うのだ。 血のバレンタインで大切な人を喪った。 そしてアスランは、プラントを守るために戦いに身を投じた。 けれどはそうではない。 は、復讐のために剣を取った。 そもそもの考え方のスタンス、そして戦いに対する動機が違う以上、二人が出来ることも大きく異なるのだ。 躊躇いつつも、例えあとでその心が悲鳴をあげようとも容赦せずに相手を殺すとは。 その決定的な差異は、いつか違う未来を二人にもたらすのだろうか? まだ、先のことは分からない。 確かなことなど何も、ないのだから――……。 イザークは絶対に、心配しててもそれを表に出せない不器用さんだと思います。 なんだかんだ言ってても、優しくて情に篤い人ですから。 ネタはたくさんあるのに、文章に直すのが難しいです。 プロットは、ほぼ完璧に出来上がってるのにな……。 ここまで読んでいただき、有難うございました。 |