元セプテンベル市代表、リヒト=と植物学者、ルチア=の娘。 若干十五歳にして評議員となることを強く求められた=の妹。 漆黒の髪と漆黒の瞳を有する。 ザフト軍所属。 『鋼のヴァルキュリア』の異名で知られる。 ――――隊壊滅後、――――隊長がその身を犠牲にしても助けた少女。 ……それが公式に残された、彼女の記録――……。 鋼のヴァルキュリア #19 あなたが欲しい〜前〜 キョウカが“ワルキューレ”のもとへ行ったため、先ほどまで三人いた洞窟内は現在、二人きりになっていた。 移動の疲れからか、アスランは横になっており、アスランにのことを聞かされてバツが悪くなったカガリは、洞窟の外へ出ていた。 カガリの視線の先にあるのは、オーブが開発した地球軍のモビルスーツ。GAT−X303“イージス”。 砂漠でカガリは、大切な仲間を喪った。 その原因は、にもあった。 彼女のせいで、彼女が戦って、仲間は死んだ。それは事実だ。 けれどカガリは、知ってしまったのだ。あの少女もまた、大切なものを喪ってしまったことを。 誰もいない生活なんて、カガリには考えられもしない。けれどあの少女は既に、それを経験してしまったのだ。 それは、明らかにナチュラルの罪であったのかもしれない。 血のバレンタインは勿論だが、ナチュラルが犯してしまった。 しかし彼女たちザフトが、カガリから仲間を奪ったことも事実で……。 ユニウスセブンのこと。ナチュラルが犯してしまった罪。それを思えばとても、ザフトだけが悪いとは言い切れない。 そんなどっちつかずの状況。 そしてその問題から、カガリは目を逸らしてしまうことができなかった それを為すには、彼女はあまりにも潔すぎたのだ。 だからこそ、彼女は困惑した。 溜息をついて、カガリは洞窟に戻る。いくら考えても、容易には答えは浮かばない。 ああ、でもそれが、戦争というものなのかもしれない。戦うということなのかもしれない。 誰も負けるために戦いはしない。 勝つために戦う。 誰が悪のために戦うだろう? 人は、己の信じる正義を掲げて戦うのだ。 けれどだからといって、銃を下ろすことは出来ず……。 どこで、このパラドックスを整合させればいい? まるで、出口の見えない蟻地獄にはまり込んでしまったかのようだ……。 洞窟に戻る。 ザフトのヴァルキュリアと親しげだったイージスのパイロットは、洞窟内で横になって目を閉じていた。 「お、おい!寝ちゃう気かよ!」 「……え?あ、いや……まさか……けど、降下してすぐ、移動で……」 寝ていないと言いつつも、声はだんだんと小さくなっていき、彼はコテンと頭を落とした。 その唇からは、寝息すら聞こえる。 「敵放っといて寝るなよな……」 その寝顔は、かなりあどけなく、彼がカガリと同年代の少年であることを過不足なく表していた。 コーディネイターだから当然のことなのかもしれないが、顔立ちはやはり整っている。 そういえば、キラも。あのいけ好かないヴァルキュリアも、顔はやはり整っていた。 しばし少年の寝顔を見つめていたカガリの目線が、少年の腰に下げられたホルスターに止まった。 この少年を、殺せない。 カガリは敵を、知ってしまった。 敵が人間であることを、認識してしまった。 けれど……。彼女の瞳が、洞窟の外のモビルスーツに移される。 “イージス”と“ワルキューレ”。 崩壊したヘリオポリス。 なす術もなく消えた、多数の命。 “バクゥ”に蹴り上げられ、消えた少年の命……。 このモビルスーツは、これからも人を殺め続ける。 それは、断じて許せない所業。 カガリの手が、少年の腰のホルスターに伸びる。 そして蘇った、彼と『ヴァルキュリア』の言葉。 ――――『銃を奪おうとするなら、殺すしかなくなる……』―――― ――――『アスランの銃を奪うなら私が、私の銃を奪うならアスランが、貴女を殺すわ』―――― カガリの手が、それ以上のことを躊躇する。 その時、焚き火の薪が勢いよく爆ぜた。 「うぅ……」 「あっ!」 とっさにカガリは少年の腰のホルスターから銃を抜き取って掴み、彼に毛布を被せて飛びのいた。 そのまま、銃のセーフティをはずす。 驚いていた少年はすぐに毛布を跳ね除け、身を起こす。 その手には、既にナイフが在った。 冷たい刃に、赤々と燃える炎が映し出される。 同時に、ひどく思いつめた表情をするカガリの姿も……。 「お前を撃つ気はない!でも!あれはまた地球を攻撃するんだろ!?」 泣きそうな声で、カガリは言い募った。 彼を、殺す気はない。 けれど脳裏に浮かんでしまうのだ。 なす術もなくモビルスーツを前に命を散らした仲間が。 跳ね上げられた小さな体が。 これらの機体を何とかしなければ、彼らのような犠牲は増える一方だ……。 「造ったオーブが悪いってことは分かっている!でもあれは……あのモビルスーツは、地球の人たちをたくさん殺すんだろ!!」 少年は静かな目で、カガリを見つめる。 その眼差しに、息苦しさすら覚えるカガリに、少年は淡々とした声で言った。 「なら撃てよ……。その引き金を引いてるのは俺だ」 その声に、動揺は欠片たりとも残っていない。 そのまま、彼は尚も続けた。 「俺はザフトのパイロットだ。機体に手をかけさせるわけにはいかない。どうしてもやるというのなら、俺はお前を殺す……!」 静かな声、だった。 それが余計に、彼の本気をカガリに認識させる。 冷たい汗が、カガリの背筋を伝った。 彼を殺すために銃を取ったのではない。 ただ、あのモビルスーツを破壊したかった。それだけだ。 けれど、それだけでは済まされない。 彼も、そしてあのヴァルキュリアも、カガリのそんな行為を許容する筈がない。 モビルスーツを壊そうが何をしようが、彼らは戦いをやめない。 カガリの脳裏を、今は亡い敵将の声が蘇る。 ――――『あのモビルスーツのパイロットである以上、私とキミは敵同士だということだな』―――― ――――『やはり、どちらかが滅びなくてはならんのかね』―――― 守りたい。ただそれだけを思い手にした銃。 彼らが殺すかもしれない人たちを、守りたい。けれどそれは、相手も同じなのだ。彼らも、同胞を守るために戦っている……。 その思いは、方向性は違えど同じなのに。なのに、殺しあわなくてはいけないのか。思いは、同じなのに――……? カガリは強く、銃のグリップを握り締めた。 そして次の瞬間、カガリは思い切りよくそれを投げ捨てていた。 「くっそォォッ!」 少年は、目を見張り、それからカガリに向かって飛び掛ってきた。 すさまじい反響が洞窟内に響き渡り、カガリの鼓膜に容赦なく打ち付けてくる。 カガリは、兵士に押し倒されていた。 ややもして、彼女は状況を悟る。 彼女が投げた銃が、暴発したのだ。 「オープンボルトの銃を、投げる奴があるか!!」 「ゴ、ゴメン……」 すさまじい音が洞窟内から聞こえてきて、はシートから飛び起きた。 失態だった。アスランを、捕虜と二人きりにするなんて……。 いくら彼女の発言にショックを受けたからって、隊員が隊長を一人残していいはずがない。 もしも彼に何かあったら、それはの責任だ……。 「どう……しよう。どうすれば、いい……?」 アスランに何かあったら、どうすればいい? 優しい人。を気遣ってくれる人。 彼に何かあったら、どうすればいい? 自分が生き残って、彼が死んでしまったら? 誰も、喪いたくはないのに……。 ラダーを伝い、は急いでワルキューレのコックピット内から地上に降り立った。 そのまま、真っ直ぐに洞窟へと急ぐ。 そして目にしたものに、言葉を失った――……。 「何……やってるの……?」 「……」 「ラクス嬢がいるのに、アスラン……」 洞窟内に入ったが見たものは、カガリを押し倒すアスランの図、だった。 どう見ても、それは誤解されてもおかしくない状態で。 「……溜まってたの?」 「真顔で言うな」 「でも……」 いくら鈍いでも、それがどのような行為であるかは、知っている。 軍隊という男性社会で生きるのであれば、それは当然のこと。 「銃が暴発したんだ」 「銃が?どんな保管の仕方をすれば、銃が暴発するのよ」 「地球は初めてだからね」 「答えになっていないわ」 の言葉に、アスランも確かに、と思う。 いくら地球に来たのが初めてであっても、ナチュラルの作る地球の銃とプラントの銃の構造が異なる、なんてことはある筈がない。 「どうでもいいけど、早くどいたら?アスラン。目の毒だわ、その光景は」 誰がなんと言おうと、アスランがカガリを押し倒してるようにしか見えないその状況に、は溜息をつきながら提案する。 埒が明かないと思ったのか、アスランは少女の上から躯をどかした。 「ったく……。ど〜ゆ〜奴なんだよ、お前は……」 「いや、だから、その……」 銃が暴発する危険性も、その時カガリの頭からは抜け落ちていて。 起き上がったカガリは、毛布がないのだから当然アンダー姿で。 それに、同性のが思わず顔を赤らめる。 が、アスランとカガリはまだ、それに気づいていないようで……。 起き上がったカガリの視線が、アスランのパイロットスーツに止まる。 脇のところが裂け、血が滲んでいた。 「あっ、それ。今ので……」 「大したことない」 「手当てしなきゃ……」 「気にしなくていい」 そっけなく言って、アスランは非常用パックを手に立ち上がる。 「貸して、私が……」 「自分で出来る」 立ち上がってカガリが、非常用パックをひったくるようにする。 ストライプを引いて、アスランはそれを渡すまいとした。 「いいから。やらせろよ!……このまんまじゃ私、借りの作りっぱなしじゃないか。少しは返させろ!」 非常用パックを奪い取りまくし立てる少女を、アスランはまじまじと見つめた。 そしてそれに気づき、背を向ける。 「その前に、服着てくれないか?」 言われて、カガリは初めて自分がアンダー姿であることに気づいた。 パックを抱え、カガリは地面に座り込む。 は、頭を抑えて二人を見ていた。 ……何の茶番だろう、これは。 「もう、乾いてると思う」 アスランの言葉に、カガリはパックを置き、焚き火の周りに干された己の服に駆け寄った。 アスランの言うとおり、それはもう乾いている。 カガリが服を身につけようとしているのを見て、はカガリが地面に置いたパックを手にした。 「おい、私がやるって……」 「あなたは服を着る。私が手当てをする。それが一番の時間短縮でしょ。……もしも怪我がひどくて一刻を争うような状態だったら、どうするのよ」 の言葉に、カガリは不承不承頷いた。 確かにそれが、一番手っ取り早い。 「私が手当てするので、いい?アスラン」 「すまないな、。よろしく頼む」 「気にしないで。当然のことだから」 礼を言うアスランに、は笑って答える。 傷の手当てを終えると、アスランはに“ワルキューレ”のコックピットに戻るよう言った。 「疲れてるだろう?コックピットのシートのほうがまだ、ゆっくり休める筈だ」 「隊長を差し置いて、休めるわけがないでしょ?」 「……隊長命令だ、=。コックピット内において休むこと」 「……了解しました」 アスランの『命令』に、は不承不承頷いた。 今現在、はザラ隊の隊員で。隊長は、アスランで。そして上官の命令に服従するのが、軍隊における決まりだから。 『命令』にかこつけて、アスランが自分を甘やかしているのが分かる。 それを嬉しく思いながらも、甘やかされるということに、微かな胸の傷みを、は抱えた――……。 <…………応答……しろ……聞こえ……> 波音に混じって、なにやらノイズ音がする。 目覚まし……だろうか? ずいぶんとうるさい時計もあったものだ。暢気なことを考えながら、はスイッチを押した。 「あと五分……」 <……何を寝惚けている!=!!> 怒鳴り声に、彼女も覚醒した。 目覚めたそこは、“ワルキューレ”のコックピット内。 通信機から聞こえるのは、イザークの声で。どうやらは無意識に通信機のスイッチをオンにしてしまったようなのだ。 <今、そっちに向かっている> イザークの声。 ……探しに来て、くれたのだ。 温かいものが、の胸腔を満たしていく。 だからは、気づかなかった。 気づけなかった。己が犯してしまった単純なミスに――……。 輸送機が到着して、ラダーを伝い、はコックピットから降りた。 「!無事……」 勢い込んで尋ねるイザークの声が弱まり。 アイスブルーの瞳を大きく瞠って。 ただ、彼は呟いた。 「その瞳の……色は……?」 彼の毅い瞳は真っ直ぐに、の青い右の瞳を見つめていた――……。 『二人だけ(じゃないけど一応)戦争』終了! ものすごく長い一夜が漸く明けました、って感じでしょうか。 しかしちゃん、イザークに掴まりました。 ……尋問? 展開、ありきたりですか? でも、度の入ってないコンタクトだったら、つけるの忘れたりもするでしょうし。 ということで、大目に見ていただけたら幸いです。 ここまで読んでいただき、有難うございました。 |