私は、兄さんがいればよかった。 兄さんとミゲル兄さんさえいれば、他には何もいらなかった。 なのにどうして、そんなにも私をかき乱すの? 好きって何? 分からない……分からないよ……。 貴方の心が、分からない……。 鋼のヴァルキュリア #20 ローレライ 自分を見つめるアイスブルーの、その切ない眼差しに、胸が痛くなった。 何故、胸を痛めねばならないのだろう? 残酷な責め苦にも等しい長い長い口付けを甘受させられて、本当に心からの恐怖を味わった。 それを与えたのは、イザークなのに。 なのになんで、自分がこうも心を痛める必要があるのだろう? 答えは容易には見つからなくて。 そもそも何故、いきなり口付けられたのか、それすらも分からない。 嫌がらせ……か?しかしそれでは、彼が泣きそうな顔をしていたことへの説明が、つかない。 どうして、こんなにも悩まなくてはならない?胸を痛めなければならない? どうして……? その時ができたことは、肩を掴んでベッドに押し付ける少年の腕を、宥めるように叩いて。 彼が部屋を出て行くまで、身動ぎもせずに見つめるだけだった――……。 「どうしたんだよ、イザーク」 部屋に戻ってくるなり、ベッドに突っ伏した親友に、ディアッカは声をかけた。 潔癖な彼らしくもなく軍服のまま寝転んだため、彼の軍服は皺だらけになっている。 「おい、イザーク?」 「……うるさい」 「どうしたんだよ?何かあったのか?」 尋ねても、イザークは答えない。 これはどうも本格的に、何かあったらしい。 「何?に手でも出した?」 「貴様!どこでそれを!?」 「……本気で手ぇ出したわけ?」 ガバリと起き上がったイザークに、自分の勘が的中したことを嘆きつつディアッカは尚も尋ねる。 イザークの白磁を思わせる白い肌は、今は真っ赤になっていた。 「イザーク……」 「何も言うな」 「分かった。じゃあ何も言わないけどな。でも、これだけは言わせてくれ。……昔みたいなことはするな」 ディアッカの顔からからかうような色が消えていることに、イザークも気がついた。 『昔』みたいなこと。 この場合の『昔』がいつをさすのか、イザークとディアッカは正確に理解しあっていた。 伊達に、何年も親友をやっているわけではないのだ。 「……しないさ」 「絶対にするな。やったら一生、に信用されなくなるぞ。あの手のタイプは、そういうことに関しては融通が利かなくなるほど潔癖だ」 「分かっている」 もう、あの頃のように子供ではない。 代用を求める行為の愚かしさも、知っている。 イザークが愛したのは、=と言う名のただ一人の存在。 それ以外の何ものでもなく、その存在は、決して代用のきく存在ではない。 だからこそ、少女が欲しいのだ。 けれど少女を求めるこの感情は、どうすればいい? こんなにも焦がれるほど彼女を求めているというのに……!! 唯一絶対の存在は、そうであるが故に、いながらにしてイザークを苦しめる。 を、嫌いになれたらどれほど楽だろう? けれど嫌いになれないからこそ、こうも苦しむのかもしれない。 そして何よりも、イザークが楽になることを望まないのだから……。 この苦しみをも、愛してる。 の存在が、己の至福。無上の喜び。そう言いきる自分に、自嘲する。 この苦しみを、この苦さを。そうと知ってもなお、愛しまずにはいられないこの感情は、一体何なのだろう……? こんなにも苦しいのに、何故その存在に、こうも満たされるのだろう。 心が震えるほどの歓喜も絶望も、今のイザークにとっては全て、の上にこそあった。 その存在が、無上の喜び。 こそが、求めてやまない絶対の存在。 「焦るなよ、イザーク。ここまで見守ってこれたんだろ?」 「だからこそ、だ」 吹き上げそうになる感情を堪えることが、辛くなってきた。 愛しければ余計に、少女を求めるこの心を、この衝動を堪えられない。 「どうすればいい?がもし他の男を選んだとき、俺はきっと祝福できない。きっと、を傷つけてしまう。……どうすればいい?どうすれば……!?」 狂おしいまでに彼女を求めるこの心を。そして愛しければ余計に、壊したくなるこの情熱を。どうすればいい?どうすれば……! 「……待つしかないんじゃないか?」 その存在は、絶対のもの。 彼女は唯一の存在であり、彼女に想いを傾けてもらえる者もまた、ただ一人。 分かち合うことなど、不可能。 「俺は……!」 ダン、とベッドに拳を叩きつけ、イザークは唇を噛み締める。 額をかき、ディアッカは溜息を吐いた。 ……重症だ。そう思った。 幼馴染み。全てを見てきた親友。 だからこそ知っている、過去のイザークの姿。 あの頃からは想像もつかない親友の姿に、ディアッカも時折危惧を感じずにはいられない。 あまりにも、深追いしすぎている気が、する。 「距離、取れよ。少しでいいから」 「取れるなら、苦労しない」 この目が届く範囲に少女がいなければ、落ち着かない。 目を離した隙に少女がどこかで傷ついているのではないか、と案じてしまう。 「あのなぁ……」 ディアッカが何事かを話しかけようとした正にそのタイミングで、アラートが鳴り響いた。 <総員、第一戦闘配備。総員、第一戦闘配備> 艦内アナウンスが、敵を発見したことを言外に告げる。 どうやら、“足つき”を発見したらしい。 「行くか」 「当たり前だ」 立ち上がろうとするイザークに声をかければ、不機嫌そうな仏頂面で答えられた。 照れているのかも、しれない。女性のことで、外聞もなく喚き散らしたことに対して。 イザークらしいと、思う。 微笑ましい思いにかられながらも、状況は決して予断を許すような状態ではなくて。 慌ててロッカールームに駆け込む。 パイロットスーツに着替え、格納庫へ向かうと、整備兵と“ワルキューレ”について話しているらしいと、目があった。 しかし視線はそれ以上絡み合うことなく、によって逸らされる。 朱色に染まった頬を隠すように、“ワルキューレ”のコックピット内へとラダーを伝っていく。 それを横目で見ながら、イザークたちもそれぞれの愛機のコックピットへと入る。 「集中するのよ、=」 「今は、戦闘のことに集中しろ」 期せずして、両者が同じことを口にしたことを、二人は知らなかった――……。 何に苦労したかって、前回からどう繋げるか、に苦労しました。 前回が、あんなところで終わってますからね。 ここまで長く書いているのに、『ヴァルキュリア』で色っぽいシーンを書いたのは、あれが初めてではなかろうかと思います。 いや、寝ているときに髪に触ったりとかはよくしてますけど。直接的なスキンシップは初めてじゃないですか。 良かったね、イザーク。とかとりあえず言ってみましょうか。 この章で第二楽章は終了の予定です。 長かったですね、ここまで。 ここまで読んでくださった方には、本当に有難うございました。 これからも、よろしくお願いします。 |