どうしてそんなにも、私の心をかき乱すの?

私は、兄さんがいればよかった。

兄さんとミゲル兄さんさえいれば、他には何もいらなかった。

なのにどうして、そんなにも私をかき乱すの?

好きって何?

分からない……分からないよ……。

貴方の心が、分からない……。





ヴァルキュリア
#20   ーレライ






自分を見つめるアイスブルーの、その切ない眼差しに、胸が痛くなった。

何故、胸を痛めねばならないのだろう?

残酷な責め苦にも等しい長い長い口付けを甘受させられて、本当に心からの恐怖を味わった。

それを与えたのは、イザークなのに。

なのになんで、自分がこうも心を痛める必要があるのだろう?

答えは容易には見つからなくて。

そもそも何故、いきなり口付けられたのか、それすらも分からない。

嫌がらせ……か?しかしそれでは、彼が泣きそうな顔をしていたことへの説明が、つかない。

どうして、こんなにも悩まなくてはならない?胸を痛めなければならない?

どうして……?





その時ができたことは、肩を掴んでベッドに押し付ける少年の腕を、宥めるように叩いて。

彼が部屋を出て行くまで、身動ぎもせずに見つめるだけだった――……。



**




「どうしたんだよ、イザーク」

部屋に戻ってくるなり、ベッドに突っ伏した親友に、ディアッカは声をかけた。

潔癖な彼らしくもなく軍服のまま寝転んだため、彼の軍服は皺だらけになっている。

「おい、イザーク?」

「……うるさい」

「どうしたんだよ?何かあったのか?」

尋ねても、イザークは答えない。

これはどうも本格的に、何かあったらしい。

「何?に手でも出した?」

「貴様!どこでそれを!?」

「……本気で手ぇ出したわけ?」

ガバリと起き上がったイザークに、自分の勘が的中したことを嘆きつつディアッカは尚も尋ねる。

イザークの白磁を思わせる白い肌は、今は真っ赤になっていた。

「イザーク……」

「何も言うな」

「分かった。じゃあ何も言わないけどな。でも、これだけは言わせてくれ。……昔みたいなことはするな」

ディアッカの顔からからかうような色が消えていることに、イザークも気がついた。

『昔』みたいなこと。

この場合の『昔』がいつをさすのか、イザークとディアッカは正確に理解しあっていた。

伊達に、何年も親友をやっているわけではないのだ。

「……しないさ」

「絶対にするな。やったら一生、に信用されなくなるぞ。あの手のタイプは、そういうことに関しては融通が利かなくなるほど潔癖だ」

「分かっている」

もう、あの頃のように子供ではない。

代用を求める行為の愚かしさも、知っている。

イザークが愛したのは、=と言う名のただ一人の存在。

それ以外の何ものでもなく、その存在は、決して代用のきく存在ではない。

だからこそ、少女が欲しいのだ。

けれど少女を求めるこの感情は、どうすればいい?

こんなにも焦がれるほど彼女を求めているというのに……!!

唯一絶対の存在は、そうであるが故に、いながらにしてイザークを苦しめる。

を、嫌いになれたらどれほど楽だろう?

けれど嫌いになれないからこそ、こうも苦しむのかもしれない。

そして何よりも、イザークが楽になることを望まないのだから……。

この苦しみをも、愛してる。

の存在が、己の至福。無上の喜び。そう言いきる自分に、自嘲する。

この苦しみを、この苦さを。そうと知ってもなお、愛しまずにはいられないこの感情は、一体何なのだろう……?



こんなにも苦しいのに、何故その存在に、こうも満たされるのだろう。

心が震えるほどの歓喜も絶望も、今のイザークにとっては全て、の上にこそあった。

その存在が、無上の喜び。

こそが、求めてやまない絶対の存在。

「焦るなよ、イザーク。ここまで見守ってこれたんだろ?」

「だからこそ、だ」

吹き上げそうになる感情を堪えることが、辛くなってきた。

愛しければ余計に、少女を求めるこの心を、この衝動を堪えられない。

「どうすればいい?がもし他の男を選んだとき、俺はきっと祝福できない。きっと、を傷つけてしまう。……どうすればいい?どうすれば……!?」

狂おしいまでに彼女を求めるこの心を。そして愛しければ余計に、壊したくなるこの情熱を。どうすればいい?どうすれば……!

「……待つしかないんじゃないか?」

その存在は、絶対のもの。

彼女は唯一の存在であり、彼女に想いを傾けてもらえる者もまた、ただ一人。

分かち合うことなど、不可能。

「俺は……!」

ダン、とベッドに拳を叩きつけ、イザークは唇を噛み締める。

額をかき、ディアッカは溜息を吐いた。

……重症だ。そう思った。

幼馴染み。全てを見てきた親友。

だからこそ知っている、過去のイザークの姿。

あの頃からは想像もつかない親友の姿に、ディアッカも時折危惧を感じずにはいられない。

あまりにも、深追いしすぎている気が、する。

「距離、取れよ。少しでいいから」

「取れるなら、苦労しない」

この目が届く範囲に少女がいなければ、落ち着かない。

目を離した隙に少女がどこかで傷ついているのではないか、と案じてしまう。

「あのなぁ……」

ディアッカが何事かを話しかけようとした正にそのタイミングで、アラートが鳴り響いた。

<総員、第一戦闘配備。総員、第一戦闘配備>

艦内アナウンスが、敵を発見したことを言外に告げる。

どうやら、“足つき”を発見したらしい。

「行くか」

「当たり前だ」

立ち上がろうとするイザークに声をかければ、不機嫌そうな仏頂面で答えられた。

照れているのかも、しれない。女性のことで、外聞もなく喚き散らしたことに対して。

イザークらしいと、思う。

微笑ましい思いにかられながらも、状況は決して予断を許すような状態ではなくて。

慌ててロッカールームに駆け込む。

パイロットスーツに着替え、格納庫へ向かうと、整備兵と“ワルキューレ”について話しているらしいと、目があった。

しかし視線はそれ以上絡み合うことなく、によって逸らされる。

朱色に染まった頬を隠すように、“ワルキューレ”のコックピット内へとラダーを伝っていく。

それを横目で見ながら、イザークたちもそれぞれの愛機のコックピットへと入る。

「集中するのよ、=

「今は、戦闘のことに集中しろ」

期せずして、両者が同じことを口にしたことを、二人は知らなかった――……。



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何に苦労したかって、前回からどう繋げるか、に苦労しました。

前回が、あんなところで終わってますからね。

ここまで長く書いているのに、『ヴァルキュリア』で色っぽいシーンを書いたのは、あれが初めてではなかろうかと思います。

いや、寝ているときに髪に触ったりとかはよくしてますけど。直接的なスキンシップは初めてじゃないですか。

良かったね、イザーク。とかとりあえず言ってみましょうか。

この章で第二楽章は終了の予定です。

長かったですね、ここまで。

ここまで読んでくださった方には、本当に有難うございました。

これからも、よろしくお願いします。