ゆっくりと、彼は見上げた。

各所に電熱線の張り巡らされた、それを。

見上げて、重苦しく溜息を吐く。

人は生まれながらに原罪を背負っている。

何の書物に記されていたか覚えてはいないが――確か宗教関係の所に記されていた――その言葉が。

妙に、胸にしみる。

罪というなら。これほどの罪を犯した存在など、過去に一人たりといた筈がない。

それでもなお、願った未来は、唯一つだった――……。






#23   奏曲6〜前〜






たちザフトが極秘にオーブ連合国に侵入を果たした頃、キラ=ヤマトは、モルゲンレーテの迎えとともに工場へと向かっていた。
いまだ夜の明けぬそこを、巨大なモビルスーツの巨身がゆっくりと闊歩する。
アークエンジェルもまた、夜明けとともに訪れたモルゲンレーテの技術士たちによって修復作業が開始された。
その作業の有様を見ていた当直のノイマンが、思わず慨嘆する。


「驚きました。もう作業にかかってくれるとは」
「あぁ。……それは本当に、有難いと思うが」


ノイマンの言葉に、憮然としながらナタルが頷く。
有難いとは、思う。
思うがやはり彼女は、マリューの決定に対し納得できないのだ。
軍人家庭で育ち、エリート軍人として教育を受けた彼女は、マリューの軍規を逸脱した行動に、しばし疑問を覚えずにはいられない。

ちょうどその時、マリューが艦橋にやってきた。


「おはよう」
「おはようございます」
「ご苦労様です」


敬礼するナタルとノイマンに返礼を返しながら、労いの言葉をかけるとマリューは艦長席に腰を降ろす。


「すでにモルゲンレーテからの技師たちが到着し、修理作業にかかっております」


むっつりとした顔で、ナタルはマリューに報告をする。


「ヤマト少尉は?」
「先刻迎えとともに、工場のほうに」
「そう。有難う」


マリューの返答に、ナタルはあからさまに顔を顰めた。
まだ、彼女は納得できないのだ。

いつも、マリューのすることに納得などできない。
ヴァルキュリアの疑いのあった少女――=アイマンと名乗っていたが――を処刑するよう具申したときも、そうだ。
軍規に照らし合わせ、軍人として至極当然のことを具申したはずなのに、マリューは聞き入れてもくれない。

引継ぎが終わってなおも退出しようとしないナタルに、マリューは不思議そうに声をかけた。


「何?」
「いえ。ではこの機会に、内部システムの修理点検も、徹底して行いたいと思っておりますので」


捨て台詞のような言葉を紡いで退出するナタルに、マリューは溜息をつく。
どうして彼女とは、いつもこうなってしまうのだろう。
溜息をつきながら、マリューはナタルの背中に声をかけた。


「お願いね」


と――……。



**




オーブ国営軍事工廠、モルゲンレーテの研究室の一室で、一人の女性がレポート作成に明け暮れていた。
音声記憶型のパソコンの画面に映るのは、キラ=ヤマト。
彼の姿だった――……。


「以上の経緯で、モビルスーツが、その概念を発案したものたちの予想を超えたポテンシャルを有していたことは明白である。レドニル=キサカ一佐の報告によれば……」


画面が切り替わり、カガリと共にあった大男の姿が現れる。
しかし次の瞬間には、微かな電子音とともに、画面右上に小さく『calling』の文字が現れた。
着信だ。
ファイルを一時停止すると、彼女は通話を始めた。


「はい。……えぇ、そうよ。おかあさんはまだ仕事。帰るのは、リュウタが寝てからになっちゃうわ。晩御飯は、お父さんと食べて頂戴ね」


先ほどとは打って変わった、優しい声だ。


「ふふ。分かってます。今度のお休みは大丈夫だから。お母さん約束破らないでしょう?滅多に。……ハイハイ。それじゃあお父さんの言うこと聞いて、ちゃんとお風呂に入って。歯ぁ磨いて寝るのよ?……はい、じゃあね」


通話の相手は、彼女の息子だった。
そして通話が終わった瞬間に、彼女は通話中とは打って変わった厳しい顔で仕事に望む。
彼女の名は、エリカ=シモンズという。
オーブのモビルスーツ開発を手がける、才媛であった。


「レドニル=キサカ一佐の報告によれば、地球連合軍のモビルスーツの威力は、『圧倒的』の一語に尽きる。しかしながら、そのポテンシャルを余すところなく引き出すためには、パイロットの能力に依存するところが大である。
『GAT-X102"ストライク"』を操るキラ=ヤマトの一連の戦闘記録は、本件の論拠となっている。
オペレーションシステムの見直しが必要であることは、早くから指摘されている。基本的に、コーディネイターの能力が、ナチュラルのそれを上回ることは、避けがたい事実であり、インターフェイスの性能が同じならば、彼らのほうが機体のポテンシャルをより有効に引き出すことが出来るのは明々白々のことである。
ナチュラルが、コーディネイターと同等の威力を、モビルス−ツに発揮させようとすれば、それだけ優れたソフトウェアが必要となる。しかし緊急事態とはいえ、その作業をコーディネイターの手に委ねなければならなかったというのは、皮肉というしかないだろう。
結局、地球軍は、コーディネイターと戦うための兵器を開発するのに、その敵である筈のコーディネイターの力を借りなければならなかったわけだ。
それは、ここ、オーブでも同じである。
初めて戦場にモビルスーツを送り出したプラントの技術者たちは、宇宙での戦いを制する兵器こそが戦局を支配すると信じていた。それは、戦闘機よりも優れた機動性を発揮し、戦艦に匹敵する火力を有し、戦車よりも強靭な装甲で生き延びる兵器でなくてはならない――。その主張は、大筋において正しかった。ただ一点だけ、彼らが見誤っていたことがあった。それは、モビルスーツが有効なのは、宇宙に限らないということだ。
ザフトは、ストライクを積んでヘリオポリスを脱出した地球軍の宇宙戦艦“アークエンジェル”を執拗に追撃した。その結果、“アークエンジェル”は地球への降下に失敗し、ザフト勢力圏内への着陸を、余儀なくされる。
蛇足になるが、“アークエンジェル”の指揮系統には、人的問題があるようだ。ザフトの追撃を逃れることには成功しているが偶然と、キラ=ヤマトとストライクによる奮戦によるものと思われる。いずれ、アークエンジェルの幹部将校については、その資質と適性が問われることとなるだろう。
アンドリュー=バルトフェルド。『砂漠の虎』と称される、ザフトきっての名将である。……砂漠に虎がいるかどうかはさておき、バルトフェルドが指揮する舞台は、陸戦用モビルスーツ“バクゥ”をもって“アークエンジェル”を攻撃した。
本来試験運用段階だったストライクにとって、砂漠地帯での戦闘は、苦戦を強いられるものだった。
しかしこの危機をキラ=ヤマトは、戦闘中に制御プログラムを修正するという離れ業で乗り越え、ついにはバルトフェルド自身が乗る新型モビルスーツ“ラゴゥ”までも倒すことに成功する。
“アークエンジェル”は、紅海に進出した。しかし、ザフトは海上にも網を張り、待ち受けていた。航空用モビルスーツ“ディン”水中用モビルスーツ“ゾノ”及び“グーン”。対する“アークエンジェル”は、“ストライク”に加え支援攻撃戦闘に“スカイグラスパー”を投入し、応戦する。
“スカイグラスパー”の支援により、地球上での“ストライク”運用は、飛躍的に柔軟かつ機動的なものとなった。
ともあれ、キラ=ヤマトと“ストライク”の組み合わせは、ここでも、驚くべき順応性を発揮することとなる。
キラ=ヤマトの能力は明らかに、他の一般的コーディネイターパイロットのそれを凌いでいる。
しかしここに、一人の例外が存在する。ザフト軍モビルスーツパイロット、=の存在である。
モビルスーツ”ワルキューレ”を駆る少女のパイロットは、たびたびキラ=ヤマト及び“ストライク”に対し苦戦を強いている。
推測の域を出ず、専門外のことであるが、以前一度だけ学会誌に発表され論議を呼んだ、『Superior Evolutionary Element Destined-factor』を想起されたい。
しかし、=に関しては、その出生に黒い噂が絶えず、可能であれば、キラ=ヤマトのほうには継続した、精密かつ徹底的な調査分析を……」


文面を読み直し、コーヒーで一息をつくと、エリカは溜息をついた。
そして、そのままパソコンにその部分の消去を命じる。
いつどこに、誰の目があるかもしれない。
そして、=には。その出生他秘密には、触れてはならない。
触れれば、ザフトはおろかプラント連合までをも敵に回すかもしれない。
それだけ、彼女は厄介な存在なのだ。
それでなくとも、一人の人間に対し『調査分析』などという言葉を使うのは、気持ちが悪い。
まるでその存在が、ハムスターかモルモットの、実験動物のようではないか。

ファイルを保存し、パスワードによるロックをかけたところで、扉のコールが鳴る。


「どうぞ」


声をかけると、技術士の作業服を着た男が現れた。


「シモンズ主任、キラ=ヤマト少尉をご案内しました」
「有難う。すぐ行くわ」


言って、彼女はインカムをデスクの上に置く。
何の塗装も見受けられないディアクティブモードのモビルスーツに乗って、悲壮感に顔を歪めながら戦う少年を、迎えに行くために――……。



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長くなりそうなので、ここで一旦切ります。
今回は、エリカさんの長台詞などがあって、読み難い気がするのですが……。
大丈夫でしょうか。
そして殆ど名前変換小説ですみません。
ヒロイン、会話の中でしか登場してないよ……。

あと一回、会話の中でのヒロイン登場を踏まえて、次はい良いよニコル追悼シーンです。
頑張りますので、よろしくお願いいたします。

ここまでお読みいただき、有難うございました。