ずるいね、私は。

汚いね、私は。

ゴメンね?

ゴメンなさい。

でももう、立っていられない――……。






#25   悲愴〜後〜






“クストー”から射出されたモビルスーツに、“アークエンジェル”のレーダーが反応した。


「レーダーに反応。数3……いや、5!」
「機種特定。これは……“イージス”、“バスター”、“ブリッツ”、“デュエル”そして“ワルキューレ”!」
「潜んでいた?網を張られたのか!?」


トノムラの言葉に、ナタルが苦々しげに呟く。
どうやら、してやられてしまったらしい。
オーブ領海上に艦影は見られなかったが敵は……敵はどうやら水中で網を張っていたようだ。


「対潜、対モビルスーツ戦闘、用意!」


マリューが緊張の色を隠さずに指示を出す。
あと少し……あと少しで、味方に合流できるというのに、こんなところで沈むわけには行かない。


「逃げ切れればいい。厳しいとは思うが、各員健闘を!」
「ECM最大強度!スモーク・ディスチャージャー投射!両舷、煙幕放出!」


マリューの檄に、ナタルの指揮が重なった。

それに合わせ、キラも“ストライク”の武装を整える。
膝を付かせた“ストライク”が、”アークエンジェル”の外部パワーケーブルを掴んで“アグニ”に接続した。
装備は、今回は“ランチャー”だ。

「コンジット接続。補助パワー、オンライン。スタンバイ完了」


これで艦本体から電力が供給される。
いくら“アグニ”を連射しようが、これでパワー切れの心配はない。

“アグニ”を構え、キラは待った。
“グゥル”に乗った4機のXナンバーと、補助ユニットを必要としない1機のモビルスーツが間近に迫る。
“アークエンジェル”から煙幕弾が発射され、艦の上空で炸裂した。
と同時に、艦橋両横にあるスモーク・ディスチャージャーから煙幕が放出され、船体を覆い隠していく。


<そう緊張するな。上空から、“ストライク”の支援だけやればいい>


格納庫で緊張するトールにフラガはそう声をかけた。
すると、トールが上擦った声で「はいっ!」と返事をする。


<行くぞ!墜ちるなよ!>


フラガはそう言って、彼の乗る“スカイグラスパー”1号機はカタパルトデッキから飛び立った。
それに、トールの乗る2号機が続く。
装備はフラガが“エールストライカー”、トールが“ソードストライカー”だ。


<進路クリア、“スカイグラスパー”ケーニヒ機、発進!……気をつけてね>


ミリィの言葉に、トールは僅かに胸を痛める。
彼女のために、彼女を守るために、自分も戦うことを決めた。
けれどそれが、逆に今度は彼女を不安にさせている。
それが、痛い。
けれどもう、決めたのだ。

2号機がカタパルトデッキから射出される。
かかるGに、一瞬トールは息を詰まらせた。
いくらシュミレーションをしても、所詮シュミレーションなのだ。
シュミレーションマシーンは、機体にかかるGまでは再現してはくれない。


「煙幕!?」
「チィッ。姑息なまねを!」


“足つきが”放出した煙幕にディアッカが思わず声を上げる。
イザークは、腹立たしげに舌打ちをした。
は……彼女は無言だった。
何故なら彼女は、オーブを中立国とはみなしていない。
むしろ地球軍の一派だと認識していた。
だからこそ、もしも“足つき”が領海を出るならその時は、多少は武装を充実させていても不思議はないと考えていたのだ。
そしてその予測は、裏切られることはなかった。


(何が『中立』だ)


そもそもこの戦争を長期化させたのは誰だ。
中立といいながら地球軍のモビルスーツを作っていたのは。
オーブだ。


(仇は、とらせてもらう)


大好きだった、もう一人の『兄』。
オーブの資源衛星、ヘリオポリスで戦死してしまった『兄』。
その遺体すらも、回収することは叶わなかった。

殺したのは、誰だ。
そしてこれからも、の大切な人を奪っていくのは。
イザークの顔に、傷をつけたのは。
……“ストライク”だ。

もはや彼女にとって、そのパイロットがアスランの幼馴染だとかそう言うことは、心の片隅においやる必要のあるものに過ぎなかった。
気に留める価値さえ、認める必要はない。
そうしなければ、勝てない。
勝てなければあのパイロットは、今後も同胞を殺していくだろう。

いかにその心で殺したくないと思っていようが、そんなことは関係なかった。
関係があるのは、そう思ったそのパイロットが何をするか、ただそれだけだ。
そして件のパイロットは、殺したくないと言いながら殺す道を選んだ、ただそれだけのことだ。


(私に力を貸してね、兄さん。あいつは、ミゲル兄さんの仇。絶対に許せない)


胸のペンダントを、パイロットスーツの上からきゅっと掴む。
くっと唇を噛み締めると、彼女は顔を上げた。
憎しみに、その瞳を輝かせながら。
作られた無表情が、冷徹にコンソールに視線を投げかける。
あそこに映っているのは、同胞ではない。敵だ。撃たねばならない。
ぐっとアクセルを踏み込みバーニアを噴かすと、“ワルキューレ”が加速する。
真っ直ぐと、先陣を切る“デュエル”のすぐ隣まで。


<2機!?>
「人員を増やしたみたいね」


支援機の数が増えたことに驚いた様子のイザークの耳に、冷静な声が割って入る。
だ。
彼女はその事実に、少しも焦りを感じていない。
それがイザークに、無意識の内にビームライフルのトリガーを引かせた。
しかしやはり虚を突かれたせいだろうか、イザークの放った一射は、相手を撃墜することなく回避されてしまった。


<よし、悪くないぞ。ストライクの支援、任せる!>


ムウからの通信に、トールは頷く。
上空支援を行う彼の機体は、安全な場所からストライクへ、敵機体の射撃データを送ることになった。


<こちら“スカイグラスパー”ケーニヒ。“ストライク”聞こえるか?敵の座標と、射撃データを送る!>


煙幕の内側にいるキラから、敵機体を視認することは出来ない。
しかし煙幕の外側にいるトールなら、話は別だ。
座標さえ送れば、キラなら何とかできるだろう。


(トール……)


キラは、その名前を呼んだ。
友人のために、そう言って自分と同じ場所に立った、友人。
その心遣いは有難く思うが、同時に堪らない気持ちにさせた。
此処は、戦場なのだ。

しかし、迷う余裕は、ない。


「了解!」


送られてきた射撃データを、キラは目で追う。
照準を結ぶと、トリガーを引いた。

見えない内側から伸びた光条が、アスランたちザフト兵の機体を掠める。
慌てて、アスランは命令を飛ばした。


「散開!」


固まっていては、的になるだけだ。
アスランたちからはキラの攻撃は読めないが、キラからアスランたちの場所は読まれていたのだから。

なおもキラは“アグニ”を連射したが、結局1機たりとも撃墜することが出来なかった。
やはり他人の目を借りての射撃は、これが限界のようだ。

キラは“アグニ”の外部ケーブルを抜き取ると、PS装甲をオンにした。
そのまま“ストライク”を駆り、高く飛び上がらせる。
敵機体の位置は、送られてきた座標でおおよその見当はついている。
間近にいる機体は、“デュエル”と“バスター”そしてそれより少し離れた位置に“ワルキューレ”。
その更に離れた位置に、“イージス”と“ブリッツ”がいる筈だ。


「クッ……!ストライク!」
「こっから先へは行かせねぇよ!」
「イザーク……ディアッカ!?何やってるのよ、もう!」


“ストライク”の姿に、イザークは目の色を変えて挑みかかる。
それはいつものことだが、何故イザークを援護するのが、本来対艦用に作られた筈の“バスター”なのか。
各々のモビルスーツには、それぞれ適性がある。
バスターは接近戦には、圧倒的に不向きだと言うのに!

舌打ちを一つすると、はビームライフルのトリガーを“ストライク”に向かって引いた。
しかし“ストライク”は体勢を崩すことなく、イザークらの乗る二機のモビルスーツに接近していく。
“バスター”の攻撃ををかわすと、難なくその機体を撃墜した。


「チッ」


はビームサーベルを抜いて“ストライク”に接近する。
正面に捕らえ、振り下ろすがかわされた。


「このっ!」


イザークが怒りのまま猪突するが、“ストライク”の射撃が正確にイザークの“グゥル”のエンジン部を狙う。


「甘い!」
さ……!?」


隙を突かれた“ストライク”が慌ててシールドを掲げる。
これ以上の交戦は不利と取ったのか、重力に任せて降下しようとする“ストライク”をは追おうとした。
しかしそこで方向の転換を余儀なくされた。
行きがけの駄賃とばかりに“ストライク”が“デュエル”の“グゥル”のエンジンを撃ち抜いたのだ。


「イザーク!」


あくまでも付け入る隙を与えないまま“ストライク”の眼前でくるりと一回転をすると、“ワルキューレ”は重力に引かれる“デュエル”を追った。
限界ギリギリまでエンジンを噴かして、同じく重力に引かれる“バスター”と合わせて二機を、海面激突間近でキャッチする。

衝撃が、走った。
落下しようとするMSと、重力に逆らうようにキャッチしようとする力と。
力と力とがぶつかり合い、それがそのまま“ワルキューレ”の腕に負荷としてのしかかる。
けれど、離すわけには行かない。
このまま体勢を立て直すことなく海面に激突すれば、怪我だけではすまない。最悪、命の危機にすら直面する。

決死の思いで機体を立て直し、二機のMSのそれぞれ手を掴む。
大気圏下での空中飛行が出来ない機体を、懸命に支えた。


「機体の損傷は!?」
<“グゥル”のエンジンをやられただけだ!馬鹿にするな!>
<俺も同じく>


思いの外元気そうな声に、安堵する。
それでも、油断は出来ない。
戦場では、マシントラブル一つで死に直結する。


「一応、整備兵に見てもらったほうがいい。“クストー”に一時撤退するわ」
<余計なことをするな!このまま出る!>
「此処は戦場よ!些細なマシントラブルが死に直結する!あんただって、私があのまま回収せずに海面に激突したら、今頃骨折は避けられなかった。……お願いだから、イザーク。一応一度整備兵に見てもらって。問題がなかったら、再出撃すればいい。ねぇ、それは、『恥』にはならないよ?」


イザークは、プライドが高い。
そんな彼が、大した損傷も受けていないのに帰還するなど、そのプライドにかけて許容できないだろうことは容易に想像が付く。
けれどそれは、恥ではないのだ。
それは恥ではない、と。は言うのだ。

自分の力量を把握で傷に突出して無駄死にすれば恥だが、常に最善の努力をすることは恥ではない。
機体の整備も、機体の調子を確認することも、パイロットにとって重要なことなのだ。
今この場合、最善の努力とは即ち、被弾した機体の調子を見ておくことだ。


<……分かった>
「了解。ディアッカも、それでいい?」


やがてモニター越しに、ブスくれたイザークの顔とともに渋々といった調子の返答が返ってきた。
それに答えてディアッカにも理解を仰ぐと、彼も頷く。


<OK。とりあえず今は、それが一番みたいだからね。……でもあいつら、大丈夫か?>
「大丈夫。二人を“クストー”に届けたら、私もすぐ戻る」


信じるしか、ない。
二人を、信じるしか。
大丈夫。大丈夫だ。あの二人は、大丈夫。
そう心に言い聞かせて、は“クストー”に向かった。
待ち構えていたクルーに機体のチェックを頼むと、今すぐにも飛び立とうとする。
しかしそれは、整備兵たちによって止められた。


「お待ちください、=。“ワルキューレ”こそ整備が必要です」
「なっ……被弾なんてしてないわよ」
「被弾していなくとも、腕をごらんください。これでは衝撃に耐えられません」


“バスター”と“デュエル”を支えた“ワルキューレ”の腕の間接部分からは、火花さえ上がっていた。
バツの悪そうな顔をするに、整備兵は今更ながらに溜息を吐く。


「急いで修理しますから、しばしお待ちください。本当に、貴女はすぐに無茶をなさる」
「……分かった。お願いします」


渋々頷いて、は機体を整備兵に任せた。
早く……早く前線に戻らなければ。
気持ちだけが、焦る。
“クストー”に届くのは、悲観的な報告ばかりだった。


<“ブリッツ”、被弾!>
<“イージス”、小島に着体!被弾あり!>
「機体は!?私の機体は、まだ出られないの!?」
「大丈夫です、出られます!」


悲観的な報告に、喚き散らしたくなる。
ニコル……アスラン……どうかどうかお願いだから、無事でいて。
お願いだから、無事で……無事で、いて。

機体に飛び乗ると、全てのエンジンをオンにする。
“デュエル”と“バスター”はまだ、最終チェックが終わっていないようだ。


=、“ワルキューレ”出撃します!」


高らかにそう告げると、カタパルトデッキが垂直に延びる。
重力に逆らうようにして、機体が射出される。


(お願い、無事でいて……)


もしも願えば。
一心に願えば叶うというのならば、この願いこそをかなえて欲しい。
大切のなのだ。ニコルもアスランも、イザークもディアッカも。
みんな、大切なのだ。守りたいのだ。


(お願い、お願いよ、兄さん。これ以上、私から奪わないで。奪わせないで。お願いだから、兄さん……兄さん、二人を……)


ペンダントを、握り締める。
もしもこれが、が兄を殺した罰なのだというのなら、これほどの罰はない。
守りたいのに。
大切なのに。
奪わないで……奪わないで、これ以上。奪わないで!!

瞬間、の脳裏で何かが弾けた。
戦場にその身を置く時、極まれに襲ってくる感覚。

視界が急に開けたように感じた。
クリアになった意識が、闇雲に獲物を欲して暴れだす。
獲物……“ストライク”。彼の機体を、血祭りにあげねば。
守るために、彼の機体を許しては置けない。

表情の失せた冷たい目が、レーダーに反応を見せた小島を見やる。






悲劇に、その表情は苦悶に歪んだ――。



**




三機のモビルスーツが離脱した後も、アスランとニコルは二機で“ストライク”の排除に当たっていた。
彼女がいるから、おそらくディアッカとイザークは大丈夫だ、と。アスランもニコルも心の内で安堵さえしていた。
喪失に耐えられないのは、彼女だけではない。
それは、ニコルもアスランも同じだ。
既に、ミゲル、ラスティ、オロール、マシューと仲間を失ってしまった彼らは、そうであるが故にその生存に固執する。

重力に引かれて降下する“ストライク”に“イージス”と“ブリッツ”が肉薄する。
撃ちかけられたビームをかわし、キラは煙の中に逃げ込もうとした。
それに、“イージス”が追いすがる。
その時、煙の中から稲光にも似た光が走り、次の瞬間太い光条が煙の内側から外に向かって放たれた。
“アークエンジェル”の艦主砲、“ゴッドフリート”だ。
そのまま煙を後ろに引いて白亜の巨大な艦がその姿を現す。


<バリアント、て―――ッッ!>


ナタルの指揮に、“アークエンジェル”の砲門が開き、“バリアント”“ウォンバット”を“イージス”に向かって撃ちかける。
さすがにこれ以上“ストライク”を追撃することが出来ず、“イージス”は後退した。


<ベクトルメーターをナムコムにリンク。ノイマン少尉、操艦そのまま!>
<了解!>


ナタルの指示に、ノイマンが答える。
デッキに戻った“ストライク”は、ランチャーパックを離脱した。
バッテリーはまだ大丈夫だが、対モビルスーツ戦闘ともなると、ランチャーパックよりもエールストライカーパックのほうがいいだろう。


<フラガ機、きます!>
<“ストライク”、エールへの換装、スタンバイです!>


サイの言葉どおりに、フラガの駆る一号機が上空に滑り込んできた。
そしてミリアリアの呼びかけに、普段どおりの軽口を叩きながら、フラガが答える。


<プレゼントを落とすなよ!>
「少佐、どうぞ!」


キラは再びデッキを蹴って飛んだ。
相対速度をあわせ、“スカイグラスパー”がエールストライカーパックを射出する。
”ストライク”にバックパックが装着され、機体がトリコロールに色付く。
そしてそのまま、続いて射出されたシールドとライフルを受け取った。


<あいつ、空中で換装を!?>


ニコルが驚愕のあまり叫ぶ。
それに、アスランは眉を顰めた。
何故、戦わなくてはならない。
親友同士だ。親友同士なのだ。それなのに、何故?
何故、戦わなくてはならない。その艦を守ることに、それほどまでに固執する!?

“ストライク”はそのまま高く空中に浮き上がり、攻撃を仕掛けてくる。
“ブリッツ”には“ストライク”が、そして“イージス”には“スカイグラスパー”が向かってきた。


<はぁぁぁぁぁっっ!>


“ブリッツ”が左腕から“グレイプニール”を発射するが、キラはそれをサーベルで斬り捨てた。
間髪いれずに、“ブリッツ”が”“トリケロス”を構える。


<キラ!>


そこへ、上空から“ストライク”の支援に当たっていたトールの“スカイグラスパー”が突っ込んできた。
発射したミサイルが、“ブリッツ”の左腕に着弾する。


<コイツぅっ!>


己に損害を与えた支援機にその意識が向かったまさにその一瞬のうちに、キラは“ブリッツ”に迫り、その片腕を斬り落とした。
“ブリッツ”はそのまま、海に向かって墜落していく。

もはや、“ブリッツ”は武装の集中した右腕を失った。
このまま戦線に復帰しても、おそらく大した働きは望めまい。
キラの意識は、最後に残った“イージス”に向かう。

二機は激しくビームライフルを撃ち合い、交錯しあう。
キラが“イージス”の乗る“グゥル”のエンジン部を射抜くと、“イージス”はモビルアーマー形態に変形した。
キラは思わず、身を引く。
“イージス”の“スキュラ”が強烈なビームを“ストライク”に向かって発射した。
アレを一射でも受けてしまえば、“ストライク”はひとたまりもない。
再びデッキに“ストライク”が着地し、“イージス”を牽制するように艦主砲“ゴッドフリート”が火を噴く。
アスランはそのまま、重力に引かれるように小島に着地した。




<キラ、ソードを射出するぞ!>
「トール」


“ストライク”のバッテリーに気を遣ったのか、トールがソードストライカーパックを射出した。
換装し、“イージス”の着地した小島へと向かう。

“イージス”のメインコンピューターは、アラートが鳴りっぱなしだった。
エネルギーは、どんどん危険域へ近づいていく。
このままでは、そう遠からずPS装甲が落ちるだろう
思わず撤退しようとしたアスランだったが、頭上から声が降りかかってくる。


<アスラン!>


キラだ。
ソードを構えたまま、真っ直ぐと降りてくる。
咄嗟にライフルを構えたアスランだったが、それは“ストライク”の長剣によって斬り飛ばされてしまった。
無用の長物と化したライフルを、アスランはパージした。
損傷を負ったライフルが、爆散する。


<撃ち方止め!ヤマト少尉、深追いするな!>


ナタルの命令が、割って入る。
そう。深追いしてはならない。
これだけの損害を敵に与えればそれで、十分だった。
逃げ切れればいいのだ。アラスカまで。

しかしキラの耳には、そんなナタルの声さえ入らなかった。
アスランの気持ちに忖度することすらもせず、キラは頭からアスランに向かって言い放つ。


「もう下がれ!君たちの負けだ!」
「何を!?」


アスランの頭に、血が上ったとしたらそれは、まさにその瞬間だった。
キラのその言葉は、アスランの矜持を強かに傷つけた。

キラに、負ける?
お人よしで、アスランがいつも面倒を見てやっていたキラに、自分が負ける?
そんなことを、そんな事実を、アスランの矜持は許容できなかった。

アスランは怒りのままにビームサーベルをオンにする。
そのまま、キラに向かって斬りかかった。


「下がれ、アスラン!これ以上もう、戦いたくない!」
「何を今更!?撃てばいいだろう!?お前もそう言ったはずだ!」


アスランの刃を、キラはシールドで受け止めた。
なおも斬りかかるアスランの攻撃を、悉くかわしながら。
それが余計に、アスランの闘争本能に火をつける。


「お前も俺を撃つと、言った筈だ!」


アスランは、怒りのままに突進した。
しかしその攻撃は悉くかわされ、逆に攻撃を食らってしまう。
その時、アスランの駆る“イージス”の、PS装甲が、落ちた――……。


負けたのか、と。
どこか冷静にアスランは思った。
冷静と言うよりも、感情をどこかに置き忘れてしまったと言うのが、この際適切であったのかもしれない。
攻撃を失い、地に横たわる“イージス”に、“ストライク”が“シュベルトゲベール”を構える。
アスランにはもはや、攻撃の手段は残されていない。
しかし、キラは。
キラは、アスランを殺すことも出来るのだ。

その事実が、アスランの矜持を更に抉る。


<アスラン!!>


少女の声に、アスランは意識をそちらに向けた。
鋼と漆黒を持つその機体が、アスランの前でシールドを掲げる。


<貴様!よくも!!>


そのままストライクに向かって斬りかかろうとしたそれよりも早く、ニコルの声がスピーカー越しに聞こえてきた。


さん、アスランをつれて逃げて!>
<ニコル!?駄目よ、ニコル!!>


途端、その空間が歪む。
漆黒の機体が、千切れた空間の狭間からその姿を現した。
その手に、“ランサーダート”の一本と思われる槍を握り締めたまま――……。
そのまま、“ブリッツ”が、“ストライク”に、特攻をかける。

時が、止まった。
その漆黒の瞳を見開くことしかできないまま、の瞳がすべての痛みを知覚して脳に伝達する。
“ストライク”の“シュベルトゲベール”が、“ブリッツ”のコックピットを性格に切り裂くその光景を。


<アスラ……、さ……逃げ……>


声変わり前の幼い声が、無残にひび割れる。


腹部の裂傷に、ニコルは息を詰まらせた。


――――『セッションをしましょう』――――


そう言った自分の言葉が、蘇る。
嬉しそうに、そういわれた少女は微笑んだ。
歌が好きだ、と。
ニコルのピアノを聴いてみたいといっていた、少女。
その少女の、笑顔が。
ひび割れて。


――――『今度も無事で』――――


出発前の、母の言葉。
ゴメンなさい、と。ニコルはその言葉に詫びることしか出来ない。
無事で帰ることが、何よりの親孝行だったのに。悲しませて、しまう。
父も、母も。仲間たちも。

そして、少女。
穏やかな凪のような感情で、妹とも姉とも思う感情で愛した、少女。
=
彼女を、悲しませてしまう。泣かせてしまう。
喪失に怯える少女に、更に喪失を味わわせてしまうのか、自分は。
それでもニコルは、守りたかったのだ。

彼の大切に思う人たちを、守りたかった。
ただ、それだけだった。
だから、彼は笑う。


「母さ……僕の、ピアノを……」


せめて自分が愛したピアノが、愛した人たちの慰めになってくれれば。
それだけを、祈る。
愛した人たちの、その心に深い嘆きを与えることを詫びながら。

真っ白な闇が、迫ってくる。
腹部の裂傷に息を詰まらせながら。
苦痛に呻きながら、ニコルは笑って。










白い光が、戦場を灼いた。


<ニコル――――――――――ッッ!!!>
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」


絶叫が、その喉を突く。
喉も裂けんばかりに喚きながら。
少女の顔が、苦悶に歪んだ。













兄さん。これが、貴方を殺した私への、罰なのですか?
だったら、いっそ一思いに、私を殺してくれればよかったのに……。








悲哀と慟哭が、哀しい戦場に呪縛のように降りそそいだ――……。



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ニコル、退場です。
あぁ、ニコル……いまだに涙なしでは見れないこの回。
優しかったニコルが、兄とも慕ったアスランのためにその命を散らせると言うのは、ニコルだからこそだったように思います。

どうか、ニコルの魂が安らかでありますように。
お話の中のこととはいえ、若干15歳で戦死してしまった貴方のことを、私は絶対に忘れません。


ここまでお読みいただき、有難うございました。