ねぇ、どうして君が死ななければならなかったの?

ねぇ、教えて。

本当に、本当にナチュラルが言うとおり貴方が確たる証としてこの世に存在しているなら、ねぇ。

答えて。

どうして、私から何もかも奪っていくの?






#25   愴〜前〜





――――『』――――


なぁに、兄さん?


――――『何を言っているんだい、。この世に、神様なんていないよ』――――



でもね、兄さん。
古いナチュラルの文献には、神様が出てきたのよ?
神様の子供っていう人も、いるのよ?
なのに、いないの?


――――『それはね、。私たち人が必要として作った、想像上の産物だよ。この世にはいない』――――



どうして、いないの?
いるんじゃないの?
例え目に見えなくても、そこに存在しているんじゃないの?


――――『もしも存在しているなら……』――――



目が、覚めた。
どくどくと早鐘を打ち続ける心臓。
宥めるように、ぎゅっと押さえて。

懐かしい面影は、時として残酷にを裏切るから。
兄はあの時、何と言っただろう。
全てを諦めたように、諦観の滲んだ笑みを浮かべながら、兄は。あの時、何と……。

思い出せそうなのに、でてこない。
頭の中に、何か靄がかかっている。でてきそうなのに、でてこない。
喉元まで言葉は、出掛かっているのに。

ずりずりと、はベッドから這い出る。
ベッドサイドに置かれた水差しを掴むとその中身をコップに空け、一気に煽った。

冷たさが、心地よい。
なのに……。
なのに、晴れない。
抑え付けられたように、言葉が。
でて、こない……。


「私……は……」


『私』は、誰なのだろう。
何なのだろう。

頭を押さえながら、焦燥に駆られる。
出てこない言葉を、懸命にかき集めて。
脳裏で、過ぎる、言葉が。


――――『私とお前……特に私は、とっくに罰を受けているよ』――――



私は、罪人だからね……。

囁かれた言葉の苦味が。
息も詰まるほどの、息苦しいまでの絶望が。

その正体が。








分からない――……。



**




イザーク=ジュールは自室にいた。
ザフトでの部屋割りの基本は、二人一部屋だ。
苛立たしげにベッドに横たわっている彼の司会の先では、デスクに向かって『バイブル』を読み耽る親友の姿があった。


「ったく。どういうつもりなんだか」
「マジだよねぇ、本当に補給まで受けちゃってさ」


揶揄するようなディアッカの言葉に、イザークはつい先日の作戦会議を思い出した。
何の根拠もなくアスランがいきなりここに『足つき』がいると言い出した。
そしてこともあろうに、その作戦を支持したのは、彼が愛してやまない少女だった。
彼には一切理由を明かすことなく、アスランと暗黙の了解が成立しているかのように。

苛立たしい。
少女が何かを自分に隠している。それだけでも苛立たしいのに、彼女は何も話してはくれないのだ。
自分たちには、何も。

ぶるぶるとイザークの躯が怒りに震えだす。
ガバッと音がしそうな勢いで跳ね起きた。


「これでもう、ここに二日だ!違ってたら『足つき』はもう遥か彼方だぞ!」
「のしちゃう気なら手ぇ貸すよ?」


ディアッカも退屈なのだろう。
ここで『足つき』を待つよりも、イザークに手を貸してアスランを締め上げるほうが楽しいとでも思ったのかもしれない。
しかしディアッカの言葉に、イザークは我に帰ったようだった。
単純にはなりきれない。
聡い彼は、そうすることで巻き起こる事象すら容易に思い起こせるから、単純に自らの怒りに浸ることが出来ない。


「どうする?やる?クーデター」


クククッと皮肉気に笑うディアッカに、イザークはふん、と冷笑を浴びせる。
そのまま、またベッドにダイブした。
サラサラと、音がするのではないかと思うほど真っ直ぐな髪が、パサリとシーツの波の上に広がる。


「ふん。残念ながら、それほど単純な頭でもないんでね」


一体アスランももどうしたと言うのだろう。
アスランに関して言えば、彼が全力を出しても勝てないとその実力を認めている分、その力に対しては信頼をしていた。
そこに、適当にヤマをかけて事にあたる能力、と言う項目は記されていない。
臆病と取れるほどの慎重さと、果断な行動こそが彼であったはずだ。
なのにこれは、どういうことか。

まぁいいだろう、とイザークはベッドに横になりながら思った。
失敗すればしたで、ライバルの失墜を拝むことが出来るのだから……。









は、“クストー”の上部甲板に上がった。
補給艦が、仕事を終えて引き上げていく姿が目に入る。
潮風が、気持ちがいい。
風邪に靡く髪を押さえながら甲板上を歩いていると、海を眺めながら座り込むアスランが視界に入った。
物思いに耽っているのか、その横顔は寂しげだ。


「アスラン」
か」
「補給、終わったのね」
「あぁ……」


翡翠の双眸を僅かに伏せて、アスランは小さく笑った。
壊れてしまいそうなほど、儚い笑みだ。


「辛い?」
「え?」
「キラ君のこと、辛い?補給を受けたから、戦闘自体はもうすると決まってしまっていて、アスランは隊長だから、それを指揮しなきゃいけない。……辛い?」
「……辛いよ」


アスランの言葉に、はそう、と頷く。

辛いだろう。辛いはずだ。
でも、逃れられない。
隊長と言う職責は、アスランを責任から逃がしてはくれない。


「キラ君のことは、私が何とかするよ?殺せないでしょ、アスランは」
……」
「アスランは、優しいから。殺せないでしょ?でも、私は殺せるよ。それだけの憎しみも動機もあるよ。……だからアスラン、私に任せていいよ」


気を遣わせてしまっていることを、アスランは感じた。
罪悪感から、キラとの事をにだけ告白した。
それを、彼女は彼女なりに思い悩んでいて、そして彼女は彼女なりに気を遣っているのだ。

そうやってキラを殺めればきっと、そのことを嘆くだろうに。
アスランの友人を殺してしまった、と。傷を負うだろうに。

『恨む理由があるから』と。『憎んでいるから』と。

そう言って、彼女は自ら傷を負おうとするのだ……。


「気を遣わせてしまってすまない、。でも、大丈夫だ」
「でも……」
「大丈夫だ、。クルーゼ隊長にも言われている。……ゴメンな、?君に気を遣わせてばかりだな、俺は」
「そんなことないよ、アスラン。……仲間、でしょ?」
「そうだな、。……仲間だ」


アスランがあげたトリィを、『大切な友達に貰った大切なもの』と言っていた、キラ。
けれどキラは、フェンスの向こう側だ。
異なる組織を背負い、異なる正義を背負い、異なる陣営に身を置いている。

交じり合えないその距離が、ただ哀しい。


「アスラン!!――あ、さんも、ここにいたんですか?」
「ニコル」
「どうしたの?ニコル」
「補給、終わったんですね。向こうのデッキから、トビウオの群れが見えますよ。行きませんか?」


目をキラキラさせながら、ニコルは言う。
プラント生まれプランと育ちである第二世代。
その一人であるニコルは、純粋な感動を持って母なる地球の脅威を見ていた。

夕暮れの時の太陽の大きさ、とか。
その時の空の色、など。

逐一感動を露わにするのだ、ニコルは。


「いや、いい」
「不安……なんですか?」
「え?」


ニコルの言葉に、アスランは驚いたように目を見開いた。
そのアスランに、ニコルは力づけるように言う。


「大丈夫ですよ。僕はアスラン……じゃない。隊長を信じていますから」
「勿論、私もね。隊長」


真剣に言い募るニコルと、冗談めかして笑うに、アスランは微苦笑にも似た笑みをその面にちらつかせる。





三人並んで、デッキに腰掛けた。
アスランとの間に、ニコルが腰掛ける。


「ニコルはどうして、軍に志願したんだ?」
「え?」
「あぁ、すまない。余計なことだな」


自分は自分の全てを明かしているわけではないのに、尋ねるのは卑怯なことのような気がして、アスランは謝る。
そんなアスランに、ニコルは大人びた笑みを見せた。


「いえ。……戦わなくちゃいけないな、僕もって思ったんです。ユニウス=セブンのニュースを見て」


本来ならばまだ、社会から守られてしかるべき年代の少年だ。
その彼が、戦いを決意したのだ。
ピアノが好きで、戦うにはそぐわない優しい少年が、自ら属する組織を守るために。
それは何よりも哀しくて、そしてそんなニコルを、強い少年だと思った。


「アスランと、さんは?」
「ニコルと同じだよ」
「うん。私も、ニコルと一緒だよ……」


確たる証として記憶にその存在が残っていない両親よりも、育ててくれた兄のほうが大切だった。
その兄がユニウス=セブンで犠牲になったから、前線を望んだ。
アカデミー卒業後すぐに前線に配属されて『ヴァルキュリア』と呼ばれた。
アカデミー在籍中に兄が死ぬようなことがなかったなら、『ヴァルキュリア』は存在しなかったかもしれない。

それを思うと、運命の皮肉さが笑える。

それでも、選んだ。
それでも、望んだ。
この道を、この運命を、自らの手で掴んだ。

それだけが、真実だった――……。



**




「目下の情勢の最大不安材料は、パナマだ。ザフトに大規模作戦ありとの噂を聞いて、カーペンタリアの動きは、かなり慌しい」
「どの程度まで分かっているのですか?」


キサカの言葉に、ナタルがそう尋ねる。
中立国であるオーブが齎す情報は、そうであるが故に貴重だった。


「さぁな。オーブも難しい立場にある。情報は欲しいが、薮蛇はごめんでね。だが、アラスカに向かおうと言う君らには、かえって好都合だろう」
「万一追撃があっても、北回帰線を越えればすぐにアラスカの防空圏ですからね。奴らもそこまでは深追いしてこないでしょう」


キサカの言葉に、ノイマンの声にも明るいものが混じる。
長かった。
ここまでの、道のり。
けれど漸く、これから先の航路を思い描けるようになって来たのだ。


「ここまで追ってきた、例の部隊の動向は?」
「一昨日から、オーブ近海に艦影はない」
「引き上げた、と?」


キサカの言葉に、意外に思ってマリューは尋ね返す。
ここまで追ってきた敵の執念深さを思えば、容易に諦めるとは思えなかった。


「また外交筋では、かなりのやり取りがあったようだからな。そう思いたいところだが……」


キサカも疑念を抱いているらしい。
彼の言葉の端々には、本当にこの艦を案じていることが伺えて、マリューは胸が熱くなった。
ここまで来れたのは、決して自分たちだけの力ではない。
キサカやカガリやウズミ、たくさんの人たちの支援のおかげだった。
そこで唐突に、ナタルが口を開く。


「アスハ前代表は当時、この艦とモビルスーツについてはご存じなかったと言う噂は、本当ですか?」
「バジルール中尉!」


あまりにあけすけな問いに、マリューが声を荒げる。それを手で制すると、キサカはその問いに答え始めた。


「確かに、前代表は知らなかったことだ。一部の閣僚が、大西洋連邦の圧力に屈して独断で行ったことだ。モルゲンレーテとの癒着も発覚した。『オーブも陣営を明らかにするべき』と言うものたちの言い分も分かるが、そうして巻き込まれれば、火の粉を被るのは国民だ。――ヘリオポリスのように」


自分たちの巻き添えで崩壊し、宇宙の塵となって消えたコロニー。
その名を持ち出され、ナタルも目を伏せる。


「それだけはしたくないと、ウズミ様は無茶を承知で今も踏ん張っておられるのさ。……君たちの目には、甘く見えるかも知れんが」
「いえ……」


キサカの言葉に、マリューは黙りこくる。
こう言う情勢だ。
戦うと決めることは、戦わないと決めることよりも遥かに、難しいのかもしれない。


「修理の状況は?」
「明日中には、と連絡を受けております」
「あと少しだな。頑張れよ」


キサカの言葉に、ノイマン、ナタルはまるで上官にするかのように丁寧に敬礼を返す。
マリューも、それに倣った。
そのまま立ち去ろうとする後姿に、声をかける。


「キサカ一佐!」


振り返るキサカに、頭を下げる。


「本当に、色々と有難うございました」
「いや、こちらも助けてもらった。……既に家族は亡いが、私はタッシルの生まれでね。一時の勝利に意味はない、と分かっていても、見てしまえば見過ごすことは出来なくてな。……暴れん坊の家出娘を、漸く連れ帰ることも出来た。こちらこそ、礼を言うよ」


そう言い残すと、キサカは今度こそ本当に艦橋を後にした。





アークエンジェルの修理は、予定通りに完了した。
出発の日、MS格納庫には三人のパイロットの姿があった。

キラとフラガ。
そして、トールだ。


「大丈夫ですってば。シュミレーションだって、もうバッチリ。やれますよ」
「こいつが二機出られりゃ助かるでしょうがね。地上だと“ストライク”はきついから」


MS格納庫内にて、トールは懸命に自分が二号機に搭乗して出撃することを頼み込んでいた。
お気楽な調子で言うトールに、マードックが一応の譲歩を見せる。
でも、不安は消えない。

つい先日、カガリが行方不明になったばかりだ。
あんな思いはもう、キラもフラガもごめんだ。


「“ストライク”の支援と、上空監視だけだよ」
「バジルール中尉の命令?」
「志願したんですよ。俺だって、頑張らなきゃ」


得意そうに笑うトールに、キラは曖昧に微笑む。
それに搭乗して行われるのは、『人殺し』だと言うことに、トールは気付いているのだろうか――……。






モルゲンレーテ内のゲートで、アラートが鳴り響く。


<注水始め!>


その声とともに、“アークエンジェル”の両側から激しい勢いで水が噴出す。
そこへ、オーブ軍から入電があった。


『オーブ軍より入電。周辺に艦影なし。発信は定刻どおり』
「護衛艦が出てくれるんですか?」
「隠れ蓑になってくれようって言うんだな。艦数が多いほうが特定しにくいし、データなら、あとでいくらでもごまかしが聞くからな」


やがてドック内を水が満たし、アークエンジェルの底辺部分を覆い隠す。
準備は、整った。
後は時間を待つだけだ。


「ドック内にアスハ前代表がお見えです。ヤマト少尉を上部デッキに出してくれとのことですが」
「え?」


怪訝な顔をしながら、マリューはそれに従った。
キラに、上部デッキに出るよう通達する。
何も分からないまま一応上部デッキに出たキラに、その名を呼びながら桟橋をかけてくる人影があった。――カガリだ。


「カガリ!?どうして!?」
「お前の、ご両親、あそこに!」


カガリが監視用ブースを指差しながら言う。
弾かれたようにそちらに目をやったキラの視界に、両親の姿が飛び込んできた。
ガラスに取りすがるようにしてキラの名を呼ぶ母。
そんな母の肩を抱きながら、穏やかな笑みを浮かべる父。
会ったら責めてしまうかもしれないと思っていた。でも、懐かしいその姿を前に、感じたのはまず、両親への思慕だった。

デッキに駆け上げって来たカガリが、ぜいぜいと息をする。
そのまま、何の躊躇いもなく直球で、言葉をつむいだ。


「お前、どうして会ってあげなかったんだよ」
「今は、ごめんって伝えてくれる?今は……」


話したいことがいっぱいあった。
両親と離れ離れになってから、何があったのか。
話さなくてはならないことも、たくさんあったはずなのに。

何をどう言えばいいのだろう。
キラの母と仲のよかったレノアは死に、キラは、アスランと殺し合いをしている。
それを、言えと?
出来るわけがない。

今はまだ、会えない。
いつか気持ちに整理がついて、また、前と同じ気持ちで両親に会えたら……会えるまで。
顔をうつむけ、涙をこらえるキラに、カガリは厳粛な面持ちで頷く。


踵を返すと、キラはぎこちなく別れの言葉を口にした。


「カガリも元気で。……その、色々と有難う」
「キラ!」


キラの言葉に、カガリはその名前を呼んで抱きついた。
固まるキラに、両親の慌てたような顔が目に入る。


「お前、死ぬなよ?」
「大丈夫。……もう、大丈夫だから」


必死になって言い募る少女に、キラは儚い笑みを向けた。
力付けるようにその背を叩く。
彼女に逢えてよかった、と。そう思った――……。




キラが上部デッキから姿を消すと、アークエンジェルのメインエンジンに火が入った。
前方の巨大なハッチが開き、“アークエンジェル”は朝靄に煙る海へと出航する。
目的地へ向けて、最後の航海を開始したのだ――……。



**




“クストー”内部では、アラートが響き渡っていた。
軍服の襟を直しながら、アスランは艦橋へとやってくる。


「演習ですか?」
「スケジュールにはないがな。北東の方角へ向かっている。――艦の特定、まだか!」


父親ほどに年代の離れた艦長に尋ねると、彼はそう答えた。
間違いない。“足つき”だ。そうに決まっている。
想定していたとおりのルートを使って、アラスカを目指しているのだ。


「戦闘準備入ります。特定、急いでください」


すばやく軍服からパイロットスーツに着替えると、“イージス”のコックピットに飛び込んだ。
他のメンバーも、それぞれ愛機のコックピットにいて、戦闘を待ち構えている。

瞑目して、はその身をシートに沈めた。
戦闘が、始まる。
躯の奥底で、何かが歓喜に身を震わせている。
戦闘を、心待ちにしているのだ。『ヴァルキュリア』が。


<艦隊より、離脱艦あり!……艦特定!“足つき”です!>
「え!?」


イザークが驚いて目を瞠る。
ディアッカが口笛を吹き、はシートから無言で身を起こし、ニコルは弾んだ声を上げた。


<当たりましたね、アスラン!>
「出撃する!今日こそ“足つき”を墜とすぞ!」


冷徹な顔で言うアスランの言葉に被さるように、“クストー”は上昇する。
進路を確認し、ハッチが解放される。
そのまま、地球のGに逆らうようにモビルスーツが射出され、支援機“グゥル”が続けて射出された。




空は、雲が重く立ち込めていた――……。



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長くなりそうなので、ここでいったん切ります。
次はいよいよニコル退場、というわけですが。

ニコル……。

「強化期間」と言いながらあまり更新がはかどっていません……。
やっぱり、色々と難しいな、と思います。
状況を追いかけると人物の心情描写がおろそかになるし、心情描写ばかりすると状況が薄っぺらになって読み手の想像を喚起することが出来ないし。
程々を学びたいと思います。

ここまでお読みいただき、有難うございました。