そう。あくまでもそれは『プログラム』です。

感情なんてものはね。

所詮後付でいくらでもごまかしのきく、体の良いプログラムなのですよ。

脳がそう認識さえすれば、それですむことなのです。

人の感情も何もかも、司るのは脳なのですから。

愛や恋なんて所詮、脳内麻薬の分泌によって生み出される、世迷言に過ぎないのですよ――……。






#29   狂曲〜後〜






フレイはよろめきながら館内の廊下を歩いていた。
怖い、怖い、怖い。
怖くて、怖くて堪らない。
大丈夫。キラが守ってくれる。キラはきっと、守ってくれる。
そう思ってもなお、その恐怖が晴れることはない。

夢中で走って、キラの士官室に到着した。
そのまま、フレイはベッドに身を投げ出し、枕の下に潜り込む。

怖い……怖い……怖い……。
その恐怖が、フレイをその行動に駆り立てていた。
怖いから、目を瞑るのだ。
見たくない現実を、怖い現実を見ないですむように。

彼女は、あまりにも普通の、普通過ぎる少女だった。
怖くて怯えるだけの、こんな戦場にはそぐわない、普通の少女だったのだ。
キラに復讐を誓って軍に残ったが、本来ならば彼女が一番、軍と言う組織、戦場という場所にそぐわない存在であったのかもしれない。


「キラ……」


切実な声が、彼女を守ってくれる存在の名を呼ぶ。
大丈夫、帰ってくる。きっとキラは、フレイを守ってくれる。
今度帰ってきたら、今までのことを謝って。そして優しくするから。今までの偽りの分も、優しくするから。
だから、帰ってきてほしい。
だから、この悪夢から救ってほしい。


震えながら、フレイはただキラの無事だけを祈っていた。
それさえも、身勝手さからでたものである、と。
自分でも分かっていたけれど――……。



**




“イージス”がビームライフルを構える。
シールドを掲げてその一撃を凌いだキラは、このままでは埒が明かぬとばかりに“ストライク”を浮上させる。
そのまま“イージス”と相対した”ストライク”だったが、闖入者が登場した。
“デュエル”だ。

追加武装“アサルトシュラウド”のビーム兵器“シヴァ”を起動し、その間隙を縫ってミサイルを発射する。
辛くもその攻撃をよけたキラだったが、強烈なミサイルの爆発による発光が、その視界を灼く。
“デュエル”を相手取れば、今度はその隙を狙って“イージス”が攻撃を仕掛けてくる。
二機の思わぬ連携に、キラの神経はほとほと参っていた。


「“ヘルダート”、て――――ッッ!」
「そんなもんで――ッッ!」


ナタルの指示に従い、ミサイル発射管が“ヘルダート”を発射するが、“バスター”の攻撃により、ミサイルの全てがビームに灼かれて蒸発した。


「貰った―――ッッ!」
「ふざけるなっっ!」


気を逸らせた“バスター”に、フラガの駆る“スカイグラスパー”が襲い掛かる。
しかし難なくその攻撃をかわすと、逆にミサイルを発射した。
追尾してくるミサイルを、機体を回転させることでよける。
今度は“スカイグラスパー”が、敵の攻撃に追い回されることとなった。


その間にも、艦への猛攻は続く。
ミサイル発射管が潰され、艦のあちこちが火を噴く。


「“イーゲルシュテルン”4番、5番、被弾!」
「“ヘルダート”発射管、隔壁閉鎖!」
「アラスカは!?」
「駄目です、応答ありません」


次々と悲観的な報告がなされていく中で、マリューが最後の望みを託してカズイに尋ねる。
しかし、それも無情に打ち砕かれた。
泣きそうになりながら応答なしと告げるカズイとは対称的に、どこまでもナタルは気丈に命じる。


「“ゴッドフリート”照準!当てろよ!て――――ッッ!」


“イージス”を狙ったその攻撃は、難なくかわされた。
その間にも、“ストライク”には”デュエル”が肉薄する。


「許せないんだよっっ!お前がぁぁぁっっっ!!」


そう、許せない。
イザークは、許せない。
赦さない。

彼の大切に思う少女を傷つけた機体を。
彼の仲間を傷つけ、殺めた機体を。
そして彼のプライドを踏み躙ってくれた機体を。

許せない――赦さない。

その一心で、彼は攻撃を加える。
背中のバックパックからビームサーベルを抜き出し、斬りかかる。
“ストライク”もサーベルを抜いて答え、ビームの発光が激しく周囲を灼きつくす。

“ストライク”が“デュエル”にかかりきりになってるのを良いことに、“イージス”は単独で”アークエンジェル”にあたった。
“グゥル”から離脱し、変形する。
モビルアーマー形態への変形機構を持つこの機体は、このような局面で使い勝手がよい。
そのまま“イージス”は、艦砲にも匹敵するビーム砲“スキュラ”を放った。


「直上より、“イージス”!」
「面舵!」


マリューの急な命令に、操舵士であるノイマンが応える。
間一髪のところで、“アークエンジェル”は艦橋への危険極まりない攻撃を回避することに成功した。
しかし完璧に無傷とは言えず、“スキュラ”によって“バリアント”が潰された。

攻撃を終えた“イージス”はまたもビルスーツ形態へと形を変え、悠々と“グゥル”に着地する。


「プラズマタンブラー損傷!レミテーター、ダウン!」
「揚力が、維持できません……!」
「姿勢制御を優先して!」
「緊急パワーは、補助レミテーターに接続!」


艦に齎される報告は、どれも悲観的なものばかりだった。
もうすぐだと言うのに。
もうすぐ、アラスカに辿り着ける。
それなのにどうして、どうしてその邪魔をする!?

その時トールの身の内を駆け巡ったのは、激しい怒りだった。
もともとこちらのものだった機体を乗り回して、こちらの身を何度も危険に晒すコーディネイター――ザフト――たち。
それに対する明確な怒りだけが、トールの身の内に蓄積されていった。
アラスカまで辿り着けば、こんな命の危険に常に晒される場所からもおさらばできる。
大切な少女――ミリアリア――を、危険に晒すことも、仲間が危険に身を置くこともない。
なのにどうして、そっとしておいてくれない!?
その感情のままに、彼は叫んだ。
それがどのような事態を招くか、それさえも念頭に置くことなく。


「“スカイグラスパー”で出ます!」
「トールっ!?」
「危ないですよ、このままじゃぁっ!」
「待ちなさい、ケーニヒ二等兵!」


マリューは止めるが、折からの攻撃に、その言葉もかき消された。
そして仮に止めたとしても、恐らくどうにもならなかったのだろう。
彼はその正義感から、自分の運命を選び取ってしまったのだから。

艦のあちこちから火の手が上がる。
戦いたくない。
アスランを殺すことは、出来ない。
けれど此処でキラが斃れれば、喪われるのは彼の仲間の命だ。
それを思えば、引くことは出来ない。
少しでも多く敵を倒させば。少しでも、味方の危機を減らさねば。
それだけを思い“ストライク”を跳躍させる。

向かった先の機体は、“デュエル”。
青と白のツートンカラーの色彩を持つ、機体だ。

“イーゲルシュテルン”で牽制しながら、相手に近づく。
しかし相手はその牽制をものともせずに飛び掛ってきた。


「このぉぉぉっっ!!」


そのまま“デュエル”は“ストライク”に蹴りを入れる。
咄嗟にシールドで庇ったが、勢いを減殺することは出来ず“ストライク”は吹き飛ばされた。
それでもキラの防衛本能が危機に対応し、バーニアを吹かす。
体勢を立て直すと、“デュエル”が“グゥル”に着地するまさにその瞬間を狙って、その脚部を撃ちぬいた。


「何ぃっ!?」


被弾した箇所をパージするが、それでも最早“デュエル”は自力での戦闘は困難となってしまった。


「くっそぉぉぉ!!」


墜落しながらも、“デュエル”は執念とも言うべき闘争本能で、“シヴァ”を撃ち続ける。
その攻撃は“ストライク”のビームライフルを撃ちぬいた。

ライフルを失ったキラに、“イージス”が襲い掛かってくる。
ビームライフルを持たないキラはただ、その攻撃をシールドで防ぐことしか出来ない。




“アークエンジェル”では、トールの乗る“スカイグラスパー”2号機が発射シークエンスを迎えていた。


「無茶はするんじゃねぇぞ!」
「大丈夫です!」


マードックの言葉に、トールはそう応えた。
大丈夫。上手くやれる。

彼は、驕っていたのだ。
所詮実戦で飛ばした経験は1時間にも満たないことを、彼は忘れていた。
初戦を大過なく終えた彼は、その時過ちを犯してしまったのだ。
自分はキラやフラガのように戦える、と。錯覚してしまった。
どれだけシュミレーションをこなそうが、埋められない実戦経験の差があることなど、彼は知らない。
ただ彼は、生来のお気楽な性格から、物事をつい、楽観視してしまっていたのだ。

そのことが、彼の運命を決めてしまったことにも、気づかずに――……。








“ストライク”は、近くの無人島に着地した。
追いすがってきた“イージス”が、即座にビームサーベルで攻撃を仕掛けてくるが、それを辛うじてシールドで防ぐ。
瞬間巻き起こる光の洪水に、視界が灼かれる。
跳躍し、“イージス”は間合いを取った。
その隙に“ストライク”がビームサーベルを抜いて斬りかかってくる。


「キラぁぁぁぁぁぁッッ!」


憎悪にその顔を歪めながら、“ストライク”に襲い掛かる。
跳躍して交わすと、自分に対し背を向けたままの“イージス”めがけてサーベルを振り下ろす。
モビルアーマー形態をとった“イージス”がミサイルを浴びせ、両者は激しく撃ちあった。



その時、姿勢制御も困難になった“アークエンジェル”は、ふらつきながら別の小島に着地した。
艦内のあちこちから上がる炎に、消火に当たるマードックが怒鳴りながら指示を出す。


「姿勢制御不能!」
「着体する!総員、衝撃に備えて!」
「二時方向より、“バスター”!」
「“ゴッドフリート”、“バリアント”照準!」


ナタルが命じるが、姿勢制御不能となった艦はその時、勢いよく大地に着体した。
無防備となった艦に、“バスター”が襲い掛かる。
それはまさしく、千載一遇の好機だった。


「これでっ!」
「やらせるかぁっ!」


しかし“バスター”の攻撃を阻む者がいた。
フラガの搭乗する機体。“スカイグラスパー”一号機だ。

“スカイグラスパー”の“アグニ”が、“バスター”の支援ユニット“グゥル”を撃ちぬいた。
機体をパージすることで攻撃をかわした“バスター”はそのまま体勢を立て直し、攻撃を加える。
二機のビーム砲が交錯して、“スカイグラスパー”は被弾。バスターは右手を撃ち抜かれてバランスを崩し、大地に着体する。
「ハイドロ消失。駆動パルス低下。くそぉっ!」


動かぬ機体に、ディアッカは焦りの声を上げた。
しかしそれに、更なる深刻の事態が加わる。
かすかな電子音。
アラートが、鳴り響く。
そしてスクリーンに映し出された画像に、彼は知る。
自分が相手に、ロックされたことを。

冷たい汗が、彼の身を滑り落ちた。
死にたくない。
灼けるような、それは渇望だった。
咄嗟に、彼は行動していた。

コックピットを開け、両手を挙げる。
此処で死ぬわけには、いかない。

現れた人物に、マリューたちは驚きの声を上げた。


「投降するつもりか?」


俄かには、信じられなかった。
しかし、特に裏もなさそうだ。
マリューたちはそのまま、“バスター”を収容した。
そしてそのパイロットごと、捕虜としたのだ。







二機の戦いは、ますますその激しさを増していった。
「キラぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」


激しくぶつかり合い、離れる。
明滅する光が周囲を赤々と照らし出し、光の奔流があたりを灼く。


「お前がニコルを……ニコルを殺したぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」


“イージス”が変形し、“スキュラ”を撃つ。
危険極まりないその一撃をよけたキラの耳に、その時はっきりとした声が飛び込んできた。


<キラッ!>
「トールっ!?駄目だ!来るな!!」


“スカイグラスパー”に搭乗した、トールだった。
ミサイル発射管が開き、“イージス”に向けてミサイルが放たれる。
軽く跳躍してその攻撃をかわすと、さもこ煩げに“イージス”はシールドを一閃した。
回転を加えながら、シールドが迫る。
よけることも出来ずに、トールはただ呆然とそれを見つめていた。
そのまま、シールドが、コックピットに、突き刺さる。

けれどキラの目は、その様をまざまざと捉えていたのだ。
弾け飛ぶヘルメットを。
それが、血の色をした彩を引いていたことを。
見て、しまった……。


「トール――――ッッ!!」


友の死に、キラの中の何かが弾けた。
獣のような咆哮をあげ、アスランめがけて撃ちかかる。
あれは、友人なんかじゃない。
大切な仲間を殺した、敵。キラたちの命を脅かす、ザフト軍のパイロット。友達などでは、ない。

視界が、クリアになる。
MSの軋みも、自分の発する呼吸音さえも、身近に感じ取れるような気が、した。


「アスランッッ!!」
「キラァァァァッッ!!」


“ストライク”のサーベルが“イージス”の左腕を切り落とす。
そのまま飛び蹴りを加え、“イージス”の機体が吹っ飛んだ。
しかし“イージス”は片足で体重を支えると、そのまま機体を立て直す。
そしてその時、アスランの中で何かが弾けたのだ。
視界が、急速にクリアになった。
その視界の先で、ただ自分が屠らねばならない者の存在だけを、焼き付ける。
キラを、撃つ。

あれは、友人なんかじゃない。
ニコルを殺し、ミゲルを殺し、を傷つけ、イザークに傷を負わせた。
憎い憎い地球連合軍のパイロットだ。


「俺が!お前を撃つッッ!!」


“イージス”が蹴り上げ、“ストライク”の腕が吹き飛ぶ。
“ストライク”がサーベルでもって斬りかかり、“イージス”の頭部が吹き飛んだ。
そして“イージス”がサーベルで斬りかかり、“ストライク”のコックピット付近が抉られる。

滅茶苦茶だった。
ただ、相手を殺すために。その命を奪うためだけに、二人は剣を交え続けた。


「アァスランッッッ!!」
「キィラァァァァッッ!!」


しかしやがて、終幕が訪れる。
モビルアーマー形態に変形した“イージス”が“ストライク”に組み付いた。




アスランの身の内を、暗い喜びが駆け巡る。
スロットルバーを動かし、“スキュラ”を撃とうとした。
しかし、それは敵わない。
あわててエネルギーゲージに目をやった彼は、愕然とした。
エネルギーはレッドゾーン……危険域に近づいていた。
鳴り響くアラートに、気づかなかったのだ!

そして“イージス”のPSシステムが、落ちた――……。

一瞬の出来事に虚をつかれた“ストライク”だったが、“イージス”のPS装甲が落ちたことに気づき、動き出す。
だが、最早アスランには武器は残されていない。
ビーム兵器は所詮、PSシステムが正常に稼動して初めて武器足りえるのだ。
このままでは、キラを殺せない。
漸くここまで追い詰めたのに。
あと一歩なのに……!

絶望に打ち沈むかに見えたアスランだったが、その時脳内で何かが囁きかけた。
それは、まさしく悪魔の囁き。
武器はまだ、残されているではないか。
無用の長物となってしまったこの機体を、武器とすればいいのだ。

アスランは、自爆装置に手を伸ばした。
そのまま正確にキーを叩き、暗証番号を入力する。

10秒は、ぞっとするほど長く感じられた。
そのままコックピットを開き、機体から離脱する。
キラが異変に気づいたが、もう遅い。

白く光が発光し、あたりを赤く照らし出す。
天を焦がさんばかりに焔が火を噴き、大地を、そして天空を赤々と焦がした。

爆風に赤のパイロットスーツが巻き込まれる。
光の濁流が、全てを灼きつくしたのだった――……。



**




夢を、見た。
喪服に身を包んだ母が、真っ直ぐと正面を見つめている。


「父上……」


棺に納められた父の顔を、見ることは許されなかった。
それだけ父の躯は、酷い死に様を呈していたらしい。


――――『お悔やみを申し上げます、小母上』――――


弔問者の一人が、そう言って頭を下げた。
母も、その人物に頷く。
一瞬、泣くのを堪えているようにも見えたが、母が泣く筈がなかった。
母は父を、愛してなどいなかったのだから。


「あの子は?」


母が、尋ねる。
誰を指し示す言葉であるのか、俺には分からない。
恐らく、父が命がけで守ったとか言う、死んだ議員のご息女だろう。


――――『まだ目覚めません。本来であれば、真っ先にあの子が小母上の元へ参らねばならないところですが、ここは私でお許しを』――――


涼やかな声、だった。
けれど、その人物の顔も名前も、俺は思い出せない。
以前会ったような気がするのに、思い出すことも出来なくて。


「そう。貴方の方こそ、大丈夫ですか?良いのですよ、気にしなくても。あの人は、自分の任務を忠実に果たしたのでしょう。あの人も、貴方のご両親も」


母の言葉に、青年は頷く。
……頷いたように、見えた。


「何があったのか、貴方は事態を把握しているのですか、―――?」


母が、尋ねる。
冷徹な眼差しは、職務に当たるときの母独特の眼差しだった。


――――『―――にて、地球軍の……いえ、大西洋連邦、ブルーコスモスと言った言葉が適切やも知れませんが、騙し討ちにあいました。恐らく――― 子飼いの一派でしょう。襲撃者に、コーディネイターも混ざっていたのかもしれない。そうでなくては、あの小父上が討たれるはずがない』――――


淡々とした声が、そう告げる。
しかし、そこに混ざる憎悪を帯びた声音は、隠しきれるものではなかった。


「そう。またもあの国だと言うことね。……ねぇ、―――覚えている?この子のこと」


そう言って母が、俺を青年の前に出す。
知らない相手の前にいきなり立たされて焦る反面、幼い頃から両親の仕事相手などに対面することが多かったから、その実もう慣れっこになっていた。
俺は、エザリア=ジュールのただ一人の息子なのだ。
母の面目を保つためにも、どんな相手の前でも、堂々とした態度を崩してはならない。


――――『覚えておりますよ、小母上。イザーク、久しぶりだね。……もっとも君は、私のこと等とうに忘れていると思うけれど』――――


笑いながら、彼が言う。
会ったことがあるのか?でも、一体どこで?
覚えていない。俺は、覚えていない。


――――『忘れたままで良い。そのほうが、君は幸せになれるだろう。思い出せば、待ち受けるのは闇だ。それでも、もしも思い出したときのために、君は強くなりなさい。小父上のように、強くなりなさい。それが、君自身を守るだろう、イザーク=ジュール』――――


囁く声は、酷く優しげだった。
小父上、小母上、と両親を呼ぶ声は、その言葉は、ただ俺に、彼の俺の両親への敬意を思わせた。


――――『いつか君は、出逢うだろう「運命」に。それに負けないように、強くなりなさい。君の「運命(さだめ)」を、守りきることが出来るように』――――


言われて、呆然とした。
何を言われているのか、ただ分からなかった。

『運命』と、彼は言った。
いつか俺は、それに出逢うのだ、と。
それを守れるくらいに、強くなれ、と。

俺が出逢う、俺の『運命』。
それがどのようなものであるか、それは彼は言わなかった。
けれどその時、何かを思い出しかけた。
何か……忘れてはならない何かが、溢れそうになって。
だから、俺は頷いたのだ。

強くなる、と。
いつか出逢う、それを守りきることが出来るくらいに。
強くなりたい、と。











「夢か……」


目が覚めたとき、俺は医務室にいた。
額には、白い包帯が捲かれている。
また、だ。
また俺は、“ストライク”に墜とされたのだ。
屈辱に、目が眩みそうになった。

強くなる、と。
そう俺は『約束』した。『彼』と。
それなのに、俺は敵わなかった。
それなのに、俺は敵わない。いつもいつも。


「目が覚めましたか?イザーク=ジュール」
「……あぁ」
「艦長がお呼びです。目が覚めたら、艦橋の方へ来るように、と。それから……」
「何だ?」


言いよどむ医療班の青年に、苛々しながらイザークは尋ねる。
もともと彼は、気が長い性質(タチ)ではない。


「彼女が……嬢が貴方を心配しておりました。嬢も艦橋の方にいらっしゃいます。どうか顔を見せて、安心させてあげてください」
「……分かった」


小さな、『ヴァルキュリア』。
臆病な『ヴァルキュリア』。
彼が守りたいと願った、ただ一人のその存在。
それが、彼女だ。


「驚きました。取り乱す嬢など、私は初めて見ました」
「取り乱した?が?」
「はい」
「そうか。……起きる。艦橋だったな?」
「はい」


急に起き上がったことで、頭に血が上って少しふらつく。
しかしそれには構わず、軍服の上着を羽織った。


「俺の、『ヴァルキュリア』……」


その唇が、紡ぐ。
愛しさを。言葉に出来ない愛しさを、滲ませて。


――――『そう。それはあくまでも「プログラム」です』――――
――――『感情なんてものはね、所詮プログラムできるものなのです』――――
――――『愛や恋なんて所詮、脳内麻薬の分泌が促す、世迷言に過ぎないのですよ』――――

――――『いつか君は「運命」に出逢う』――――



「あ……?」


ぐらり、と彼の躯が傾ぐ。
何か、大切なことを忘れている気が、した。
しかしそれに構わず、立ち上がる。
望む未来を映し出さぬと言うのであれば、そんな未来などいらない。そんな『運命』など、いらない。
欲するものは、唯一つだ。


……」


俺の……俺だけの、『ヴァルキュリア』。
その存在こそが、至上。
そう言いきる。
それ以外の『運命』など、いらない。

彼女以外の――=以外の――『運命』など、いらない。
彼女だけで、良い。



崩れそうになるのを堪えて、何とか踏みとどまる。
そのまま、彼は立ち上がった。
艦橋で待ち構えているであろう彼女を。
何故自分を除いた部隊で事に当たろうとしたのか、と。
恐らくそう問い詰めてくるであろう少女の憤りを、正面から受け止めるために――……。



<<<* Back * Next *>>>








うちのサイトで恐らく一番モノローグの多い男、イザーク=ジュール。
今回はモノローグがないなと思っていたら、最後の方でちゃっかり独白をしてくれました。
隊長、頼みますから私の手を乗っ取らないで下さい。

しかしどうしてこう、戦闘シーンになると名前変換は少ないわ、異様に長くなるわするんでしょうか。
ん……?ひょっとして、最後のイザークのモノローグで少しは救いが……(そんなわけはない)。
すみません、独白の多い男で。
多分これからも、私の手を乗っ取って独白をかましてくださると思いますんで、ご期待下さい。


ここまでお読み戴き、有難うございました。