感情なんてものはね。 所詮後付でいくらでもごまかしのきく、体の良いプログラムなのですよ。 脳がそう認識さえすれば、それですむことなのです。 人の感情も何もかも、司るのは脳なのですから。 愛や恋なんて所詮、脳内麻薬の分泌によって生み出される、世迷言に過ぎないのですよ――……。 #29 狂想曲〜後〜 フレイはよろめきながら館内の廊下を歩いていた。 怖い、怖い、怖い。 怖くて、怖くて堪らない。 大丈夫。キラが守ってくれる。キラはきっと、守ってくれる。 そう思ってもなお、その恐怖が晴れることはない。 夢中で走って、キラの士官室に到着した。 そのまま、フレイはベッドに身を投げ出し、枕の下に潜り込む。 怖い……怖い……怖い……。 その恐怖が、フレイをその行動に駆り立てていた。 怖いから、目を瞑るのだ。 見たくない現実を、怖い現実を見ないですむように。 彼女は、あまりにも普通の、普通過ぎる少女だった。 怖くて怯えるだけの、こんな戦場にはそぐわない、普通の少女だったのだ。 キラに復讐を誓って軍に残ったが、本来ならば彼女が一番、軍と言う組織、戦場という場所にそぐわない存在であったのかもしれない。 「キラ……」 切実な声が、彼女を守ってくれる存在の名を呼ぶ。 大丈夫、帰ってくる。きっとキラは、フレイを守ってくれる。 今度帰ってきたら、今までのことを謝って。そして優しくするから。今までの偽りの分も、優しくするから。 だから、帰ってきてほしい。 だから、この悪夢から救ってほしい。 震えながら、フレイはただキラの無事だけを祈っていた。 それさえも、身勝手さからでたものである、と。 自分でも分かっていたけれど――……。 “イージス”がビームライフルを構える。 シールドを掲げてその一撃を凌いだキラは、このままでは埒が明かぬとばかりに“ストライク”を浮上させる。 そのまま“イージス”と相対した”ストライク”だったが、闖入者が登場した。 “デュエル”だ。 追加武装“アサルトシュラウド”のビーム兵器“シヴァ”を起動し、その間隙を縫ってミサイルを発射する。 辛くもその攻撃をよけたキラだったが、強烈なミサイルの爆発による発光が、その視界を灼く。 “デュエル”を相手取れば、今度はその隙を狙って“イージス”が攻撃を仕掛けてくる。 二機の思わぬ連携に、キラの神経はほとほと参っていた。 「“ヘルダート”、て――――ッッ!」 「そんなもんで――ッッ!」 ナタルの指示に従い、ミサイル発射管が“ヘルダート”を発射するが、“バスター”の攻撃により、ミサイルの全てがビームに灼かれて蒸発した。 「貰った―――ッッ!」 「ふざけるなっっ!」 気を逸らせた“バスター”に、フラガの駆る“スカイグラスパー”が襲い掛かる。 しかし難なくその攻撃をかわすと、逆にミサイルを発射した。 追尾してくるミサイルを、機体を回転させることでよける。 今度は“スカイグラスパー”が、敵の攻撃に追い回されることとなった。 その間にも、艦への猛攻は続く。 ミサイル発射管が潰され、艦のあちこちが火を噴く。 「“イーゲルシュテルン”4番、5番、被弾!」 「“ヘルダート”発射管、隔壁閉鎖!」 「アラスカは!?」 「駄目です、応答ありません」 次々と悲観的な報告がなされていく中で、マリューが最後の望みを託してカズイに尋ねる。 しかし、それも無情に打ち砕かれた。 泣きそうになりながら応答なしと告げるカズイとは対称的に、どこまでもナタルは気丈に命じる。 「“ゴッドフリート”照準!当てろよ!て――――ッッ!」 “イージス”を狙ったその攻撃は、難なくかわされた。 その間にも、“ストライク”には”デュエル”が肉薄する。 「許せないんだよっっ!お前がぁぁぁっっっ!!」 そう、許せない。 イザークは、許せない。 赦さない。 彼の大切に思う少女を傷つけた機体を。 彼の仲間を傷つけ、殺めた機体を。 そして彼のプライドを踏み躙ってくれた機体を。 許せない――赦さない。 その一心で、彼は攻撃を加える。 背中のバックパックからビームサーベルを抜き出し、斬りかかる。 “ストライク”もサーベルを抜いて答え、ビームの発光が激しく周囲を灼きつくす。 “ストライク”が“デュエル”にかかりきりになってるのを良いことに、“イージス”は単独で”アークエンジェル”にあたった。 “グゥル”から離脱し、変形する。 モビルアーマー形態への変形機構を持つこの機体は、このような局面で使い勝手がよい。 そのまま“イージス”は、艦砲にも匹敵するビーム砲“スキュラ”を放った。 「直上より、“イージス”!」 「面舵!」 マリューの急な命令に、操舵士であるノイマンが応える。 間一髪のところで、“アークエンジェル”は艦橋への危険極まりない攻撃を回避することに成功した。 しかし完璧に無傷とは言えず、“スキュラ”によって“バリアント”が潰された。 攻撃を終えた“イージス”はまたもビルスーツ形態へと形を変え、悠々と“グゥル”に着地する。 「プラズマタンブラー損傷!レミテーター、ダウン!」 「揚力が、維持できません……!」 「姿勢制御を優先して!」 「緊急パワーは、補助レミテーターに接続!」 艦に齎される報告は、どれも悲観的なものばかりだった。 もうすぐだと言うのに。 もうすぐ、アラスカに辿り着ける。 それなのにどうして、どうしてその邪魔をする!? その時トールの身の内を駆け巡ったのは、激しい怒りだった。 もともとこちらのものだった機体を乗り回して、こちらの身を何度も危険に晒すコーディネイター――ザフト――たち。 それに対する明確な怒りだけが、トールの身の内に蓄積されていった。 アラスカまで辿り着けば、こんな命の危険に常に晒される場所からもおさらばできる。 大切な少女――ミリアリア――を、危険に晒すことも、仲間が危険に身を置くこともない。 なのにどうして、そっとしておいてくれない!? その感情のままに、彼は叫んだ。 それがどのような事態を招くか、それさえも念頭に置くことなく。 「“スカイグラスパー”で出ます!」 「トールっ!?」 「危ないですよ、このままじゃぁっ!」 「待ちなさい、ケーニヒ二等兵!」 マリューは止めるが、折からの攻撃に、その言葉もかき消された。 そして仮に止めたとしても、恐らくどうにもならなかったのだろう。 彼はその正義感から、自分の運命を選び取ってしまったのだから。 艦のあちこちから火の手が上がる。 戦いたくない。 アスランを殺すことは、出来ない。 けれど此処でキラが斃れれば、喪われるのは彼の仲間の命だ。 それを思えば、引くことは出来ない。 少しでも多く敵を倒させば。少しでも、味方の危機を減らさねば。 それだけを思い“ストライク”を跳躍させる。 向かった先の機体は、“デュエル”。 青と白のツートンカラーの色彩を持つ、機体だ。 “イーゲルシュテルン”で牽制しながら、相手に近づく。 しかし相手はその牽制をものともせずに飛び掛ってきた。 「このぉぉぉっっ!!」 そのまま“デュエル”は“ストライク”に蹴りを入れる。 咄嗟にシールドで庇ったが、勢いを減殺することは出来ず“ストライク”は吹き飛ばされた。 それでもキラの防衛本能が危機に対応し、バーニアを吹かす。 体勢を立て直すと、“デュエル”が“グゥル”に着地するまさにその瞬間を狙って、その脚部を撃ちぬいた。 「何ぃっ!?」 被弾した箇所をパージするが、それでも最早“デュエル”は自力での戦闘は困難となってしまった。 「くっそぉぉぉ!!」 墜落しながらも、“デュエル”は執念とも言うべき闘争本能で、“シヴァ”を撃ち続ける。 その攻撃は“ストライク”のビームライフルを撃ちぬいた。 ライフルを失ったキラに、“イージス”が襲い掛かってくる。 ビームライフルを持たないキラはただ、その攻撃をシールドで防ぐことしか出来ない。 “アークエンジェル”では、トールの乗る“スカイグラスパー”2号機が発射シークエンスを迎えていた。 「無茶はするんじゃねぇぞ!」 「大丈夫です!」 マードックの言葉に、トールはそう応えた。 大丈夫。上手くやれる。 彼は、驕っていたのだ。 所詮実戦で飛ばした経験は1時間にも満たないことを、彼は忘れていた。 初戦を大過なく終えた彼は、その時過ちを犯してしまったのだ。 自分はキラやフラガのように戦える、と。錯覚してしまった。 どれだけシュミレーションをこなそうが、埋められない実戦経験の差があることなど、彼は知らない。 ただ彼は、生来のお気楽な性格から、物事をつい、楽観視してしまっていたのだ。 そのことが、彼の運命を決めてしまったことにも、気づかずに――……。 “ストライク”は、近くの無人島に着地した。 追いすがってきた“イージス”が、即座にビームサーベルで攻撃を仕掛けてくるが、それを辛うじてシールドで防ぐ。 瞬間巻き起こる光の洪水に、視界が灼かれる。 跳躍し、“イージス”は間合いを取った。 その隙に“ストライク”がビームサーベルを抜いて斬りかかってくる。 「キラぁぁぁぁぁぁッッ!」 憎悪にその顔を歪めながら、“ストライク”に襲い掛かる。 跳躍して交わすと、自分に対し背を向けたままの“イージス”めがけてサーベルを振り下ろす。 モビルアーマー形態をとった“イージス”がミサイルを浴びせ、両者は激しく撃ちあった。 その時、姿勢制御も困難になった“アークエンジェル”は、ふらつきながら別の小島に着地した。 艦内のあちこちから上がる炎に、消火に当たるマードックが怒鳴りながら指示を出す。 「姿勢制御不能!」 「着体する!総員、衝撃に備えて!」 「二時方向より、“バスター”!」 「“ゴッドフリート”、“バリアント”照準!」 ナタルが命じるが、姿勢制御不能となった艦はその時、勢いよく大地に着体した。 無防備となった艦に、“バスター”が襲い掛かる。 それはまさしく、千載一遇の好機だった。 「これでっ!」 「やらせるかぁっ!」 しかし“バスター”の攻撃を阻む者がいた。 フラガの搭乗する機体。“スカイグラスパー”一号機だ。 “スカイグラスパー”の“アグニ”が、“バスター”の支援ユニット“グゥル”を撃ちぬいた。 機体をパージすることで攻撃をかわした“バスター”はそのまま体勢を立て直し、攻撃を加える。 二機のビーム砲が交錯して、“スカイグラスパー”は被弾。バスターは右手を撃ち抜かれてバランスを崩し、大地に着体する。 「ハイドロ消失。駆動パルス低下。くそぉっ!」 動かぬ機体に、ディアッカは焦りの声を上げた。 しかしそれに、更なる深刻の事態が加わる。 かすかな電子音。 アラートが、鳴り響く。 そしてスクリーンに映し出された画像に、彼は知る。 自分が相手に、ロックされたことを。 冷たい汗が、彼の身を滑り落ちた。 死にたくない。 灼けるような、それは渇望だった。 咄嗟に、彼は行動していた。 コックピットを開け、両手を挙げる。 此処で死ぬわけには、いかない。 現れた人物に、マリューたちは驚きの声を上げた。 「投降するつもりか?」 俄かには、信じられなかった。 しかし、特に裏もなさそうだ。 マリューたちはそのまま、“バスター”を収容した。 そしてそのパイロットごと、捕虜としたのだ。 二機の戦いは、ますますその激しさを増していった。 「キラぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」 「ぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」 激しくぶつかり合い、離れる。 明滅する光が周囲を赤々と照らし出し、光の奔流があたりを灼く。 「お前がニコルを……ニコルを殺したぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」 “イージス”が変形し、“スキュラ”を撃つ。 危険極まりないその一撃をよけたキラの耳に、その時はっきりとした声が飛び込んできた。 <キラッ!> 「トールっ!?駄目だ!来るな!!」 “スカイグラスパー”に搭乗した、トールだった。 ミサイル発射管が開き、“イージス”に向けてミサイルが放たれる。 軽く跳躍してその攻撃をかわすと、さもこ煩げに“イージス”はシールドを一閃した。 回転を加えながら、シールドが迫る。 よけることも出来ずに、トールはただ呆然とそれを見つめていた。 そのまま、シールドが、コックピットに、突き刺さる。 けれどキラの目は、その様をまざまざと捉えていたのだ。 弾け飛ぶヘルメットを。 それが、血の色をした彩を引いていたことを。 見て、しまった……。 「トール――――ッッ!!」 友の死に、キラの中の何かが弾けた。 獣のような咆哮をあげ、アスランめがけて撃ちかかる。 あれは、友人なんかじゃない。 大切な仲間を殺した、敵。キラたちの命を脅かす、ザフト軍のパイロット。友達などでは、ない。 視界が、クリアになる。 MSの軋みも、自分の発する呼吸音さえも、身近に感じ取れるような気が、した。 「アスランッッ!!」 「キラァァァァッッ!!」 “ストライク”のサーベルが“イージス”の左腕を切り落とす。 そのまま飛び蹴りを加え、“イージス”の機体が吹っ飛んだ。 しかし“イージス”は片足で体重を支えると、そのまま機体を立て直す。 そしてその時、アスランの中で何かが弾けたのだ。 視界が、急速にクリアになった。 その視界の先で、ただ自分が屠らねばならない者の存在だけを、焼き付ける。 キラを、撃つ。 あれは、友人なんかじゃない。 ニコルを殺し、ミゲルを殺し、を傷つけ、イザークに傷を負わせた。 憎い憎い地球連合軍のパイロットだ。 「俺が!お前を撃つッッ!!」 “イージス”が蹴り上げ、“ストライク”の腕が吹き飛ぶ。 “ストライク”がサーベルでもって斬りかかり、“イージス”の頭部が吹き飛んだ。 そして“イージス”がサーベルで斬りかかり、“ストライク”のコックピット付近が抉られる。 滅茶苦茶だった。 ただ、相手を殺すために。その命を奪うためだけに、二人は剣を交え続けた。 「アァスランッッッ!!」 「キィラァァァァッッ!!」 しかしやがて、終幕が訪れる。 モビルアーマー形態に変形した“イージス”が“ストライク”に組み付いた。 アスランの身の内を、暗い喜びが駆け巡る。 スロットルバーを動かし、“スキュラ”を撃とうとした。 しかし、それは敵わない。 あわててエネルギーゲージに目をやった彼は、愕然とした。 エネルギーはレッドゾーン……危険域に近づいていた。 鳴り響くアラートに、気づかなかったのだ! そして“イージス”のPSシステムが、落ちた――……。 一瞬の出来事に虚をつかれた“ストライク”だったが、“イージス”のPS装甲が落ちたことに気づき、動き出す。 だが、最早アスランには武器は残されていない。 ビーム兵器は所詮、PSシステムが正常に稼動して初めて武器足りえるのだ。 このままでは、キラを殺せない。 漸くここまで追い詰めたのに。 あと一歩なのに……! 絶望に打ち沈むかに見えたアスランだったが、その時脳内で何かが囁きかけた。 それは、まさしく悪魔の囁き。 武器はまだ、残されているではないか。 無用の長物となってしまったこの機体を、武器とすればいいのだ。 アスランは、自爆装置に手を伸ばした。 そのまま正確にキーを叩き、暗証番号を入力する。 10秒は、ぞっとするほど長く感じられた。 そのままコックピットを開き、機体から離脱する。 キラが異変に気づいたが、もう遅い。 白く光が発光し、あたりを赤く照らし出す。 天を焦がさんばかりに焔が火を噴き、大地を、そして天空を赤々と焦がした。 爆風に赤のパイロットスーツが巻き込まれる。 光の濁流が、全てを灼きつくしたのだった――……。 夢を、見た。 喪服に身を包んだ母が、真っ直ぐと正面を見つめている。 「父上……」 棺に納められた父の顔を、見ることは許されなかった。 それだけ父の躯は、酷い死に様を呈していたらしい。 ――――『お悔やみを申し上げます、小母上』―――― 弔問者の一人が、そう言って頭を下げた。 母も、その人物に頷く。 一瞬、泣くのを堪えているようにも見えたが、母が泣く筈がなかった。 母は父を、愛してなどいなかったのだから。 「あの子は?」 母が、尋ねる。 誰を指し示す言葉であるのか、俺には分からない。 恐らく、父が命がけで守ったとか言う、死んだ議員のご息女だろう。 ――――『まだ目覚めません。本来であれば、真っ先にあの子が小母上の元へ参らねばならないところですが、ここは私でお許しを』―――― 涼やかな声、だった。 けれど、その人物の顔も名前も、俺は思い出せない。 以前会ったような気がするのに、思い出すことも出来なくて。 「そう。貴方の方こそ、大丈夫ですか?良いのですよ、気にしなくても。あの人は、自分の任務を忠実に果たしたのでしょう。あの人も、貴方のご両親も」 母の言葉に、青年は頷く。 ……頷いたように、見えた。 「何があったのか、貴方は事態を把握しているのですか、―――?」 母が、尋ねる。 冷徹な眼差しは、職務に当たるときの母独特の眼差しだった。 ――――『―――にて、地球軍の……いえ、大西洋連邦、ブルーコスモスと言った言葉が適切やも知れませんが、騙し討ちにあいました。恐らく――― 子飼いの一派でしょう。襲撃者に、コーディネイターも混ざっていたのかもしれない。そうでなくては、あの小父上が討たれるはずがない』―――― 淡々とした声が、そう告げる。 しかし、そこに混ざる憎悪を帯びた声音は、隠しきれるものではなかった。 「そう。またもあの国だと言うことね。……ねぇ、―――覚えている?この子のこと」 そう言って母が、俺を青年の前に出す。 知らない相手の前にいきなり立たされて焦る反面、幼い頃から両親の仕事相手などに対面することが多かったから、その実もう慣れっこになっていた。 俺は、エザリア=ジュールのただ一人の息子なのだ。 母の面目を保つためにも、どんな相手の前でも、堂々とした態度を崩してはならない。 ――――『覚えておりますよ、小母上。イザーク、久しぶりだね。……もっとも君は、私のこと等とうに忘れていると思うけれど』―――― 笑いながら、彼が言う。 会ったことがあるのか?でも、一体どこで? 覚えていない。俺は、覚えていない。 ――――『忘れたままで良い。そのほうが、君は幸せになれるだろう。思い出せば、待ち受けるのは闇だ。それでも、もしも思い出したときのために、君は強くなりなさい。小父上のように、強くなりなさい。それが、君自身を守るだろう、イザーク=ジュール』―――― 囁く声は、酷く優しげだった。 小父上、小母上、と両親を呼ぶ声は、その言葉は、ただ俺に、彼の俺の両親への敬意を思わせた。 ――――『いつか君は、出逢うだろう「運命」に。それに負けないように、強くなりなさい。君の「運命(さだめ)」を、守りきることが出来るように』―――― 言われて、呆然とした。 何を言われているのか、ただ分からなかった。 『運命』と、彼は言った。 いつか俺は、それに出逢うのだ、と。 それを守れるくらいに、強くなれ、と。 俺が出逢う、俺の『運命』。 それがどのようなものであるか、それは彼は言わなかった。 けれどその時、何かを思い出しかけた。 何か……忘れてはならない何かが、溢れそうになって。 だから、俺は頷いたのだ。 強くなる、と。 いつか出逢う、それを守りきることが出来るくらいに。 強くなりたい、と。 「夢か……」 目が覚めたとき、俺は医務室にいた。 額には、白い包帯が捲かれている。 また、だ。 また俺は、“ストライク”に墜とされたのだ。 屈辱に、目が眩みそうになった。 強くなる、と。 そう俺は『約束』した。『彼』と。 それなのに、俺は敵わなかった。 それなのに、俺は敵わない。いつもいつも。 「目が覚めましたか?イザーク=ジュール」 「……あぁ」 「艦長がお呼びです。目が覚めたら、艦橋の方へ来るように、と。それから……」 「何だ?」 言いよどむ医療班の青年に、苛々しながらイザークは尋ねる。 もともと彼は、気が長い性質(タチ)ではない。 「彼女が……嬢が貴方を心配しておりました。嬢も艦橋の方にいらっしゃいます。どうか顔を見せて、安心させてあげてください」 「……分かった」 小さな、『ヴァルキュリア』。 臆病な『ヴァルキュリア』。 彼が守りたいと願った、ただ一人のその存在。 それが、彼女だ。 「驚きました。取り乱す嬢など、私は初めて見ました」 「取り乱した?が?」 「はい」 「そうか。……起きる。艦橋だったな?」 「はい」 急に起き上がったことで、頭に血が上って少しふらつく。 しかしそれには構わず、軍服の上着を羽織った。 「俺の、『ヴァルキュリア』……」 その唇が、紡ぐ。 愛しさを。言葉に出来ない愛しさを、滲ませて。 ――――『感情なんてものはね、所詮プログラムできるものなのです』―――― ――――『愛や恋なんて所詮、脳内麻薬の分泌が促す、世迷言に過ぎないのですよ』―――― ――――『いつか君は「運命」に出逢う』―――― 「あ……?」 ぐらり、と彼の躯が傾ぐ。 何か、大切なことを忘れている気が、した。 しかしそれに構わず、立ち上がる。 望む未来を映し出さぬと言うのであれば、そんな未来などいらない。そんな『運命』など、いらない。 欲するものは、唯一つだ。 「……」 俺の……俺だけの、『ヴァルキュリア』。 その存在こそが、至上。 そう言いきる。 それ以外の『運命』など、いらない。 彼女以外の――=以外の――『運命』など、いらない。 彼女だけで、良い。 崩れそうになるのを堪えて、何とか踏みとどまる。 そのまま、彼は立ち上がった。 艦橋で待ち構えているであろう彼女を。 何故自分を除いた部隊で事に当たろうとしたのか、と。 恐らくそう問い詰めてくるであろう少女の憤りを、正面から受け止めるために――……。 うちのサイトで恐らく一番モノローグの多い男、イザーク=ジュール。 今回はモノローグがないなと思っていたら、最後の方でちゃっかり独白をしてくれました。 隊長、頼みますから私の手を乗っ取らないで下さい。 しかしどうしてこう、戦闘シーンになると名前変換は少ないわ、異様に長くなるわするんでしょうか。 ん……?ひょっとして、最後のイザークのモノローグで少しは救いが……(そんなわけはない)。 すみません、独白の多い男で。 多分これからも、私の手を乗っ取って独白をかましてくださると思いますんで、ご期待下さい。 ここまでお読み戴き、有難うございました。 |