「おい、!そのチョコは俺の分だろ!?」 「分かってないわね、。家では、チョコは弱肉強食の奪い合いよ!」 どこかノー天気な会話をする、兄妹を乗せて――……。 3 吸魂鬼遭遇前哨戦 =。 二人の兄妹の母である女性を一言で表すとするならば、彼女の古い友人たちは、口を揃えてこう言うだろう。 曰く、チョコ好き、と。 そう。彼女は、チョコレート・ホリックのチョコラーだった。 対する彼女の恋人にして、現在アズカバンを脱獄中の男の甘いもの嫌いは有名な話。いっそ親の敵か、お前の!というぐらい、甘いものを嫌悪していた。当然、チョコレートも例外ではない。 そんな二人の子供は、と言うと……。 脈々と、=の遺伝子を受け継いでいた。 二人の兄妹は、二人揃ってチョコレート・ホリックのチョコラーなのである。 二人の父親がその姿を見れば、ある意味ショックを受けるかもしれない。 「チョコはやっぱり、日本製に限るよな」 「ん〜、美味しい」 「て言うか俺、初めて蛙チョコっての見たぞ。あんなに飛び跳ねるもんなのか。あんなの食えるか。チョコに対する冒涜じゃないのか」 「あは。お母さんも、蛙チョコだけは駄目って言ってたね」 「まぁ母さんの場合は、動かなけりゃ食べれるらしいけどな」 「動かない蛙チョコって、蛙チョコとしてのアイデンティティに関わるんじゃない?」 「違いない」 あっはっはぁ。と二人は笑う。 二人っきりで占拠したコンパートメント内の椅子に、どさりと鎮座ましますのは、母から貰った伯父からの餞別だ。 非常食と書かれたデカ袋には、二人が愛してやまない日本のメーカーが作ったチョコレートが山のように入っている。 それを和気藹々と口にしながら、二人はつかの間の幸福を噛み締めている、と言うわけだ。 先ほどまでのシリアスな空気は、どうやらチョコの登場と同時に霧散してしまったらしい。 さくさくのプレッツェルにコーティングされたチョコレートの食感を楽しんでいると、不意に列車がガタン、と揺れた。 「何?」 「大丈夫か、」 「うん……大丈夫。が庇ってくれたもの。有難う、」 「それくらい、どうってことない。それより、。何か変な感じがしないか?」 の言葉に、は溜息を吐いた。 「変な感じ、だなんて。それだけですむが羨ましい……」 「煩い。感覚はお前のほうが鋭いんだから、仕方がないだろ。……どうだ?」 「変、何てものじゃない。凄く、おぞましい気配がする。噂に聞くディメンターってこんな気配かなぁ」 「じゃ、ないか?」 「ふぅん。見たことないのに、は妙に、自信たっぷりだね」 呆れたように呟くを見て、はにやっと笑った。 どこか、遺伝子の脅威を思い起こさせる笑いだ。件の薬学教授が見れば、背筋を寒くするかもしれない。 そんな笑いを張り付かせながら、の指がコンパートメントの外を指差す。 ガラス張りの窓は、霜に覆われていた。 「何で!?」 「ビンゴ」 「え?」 「……ディメンターだ」 漆黒のフードが、窓越しに見える。 おぞましい、気配。 身の毛がよだつような、触れてはいけない何かドロドロとした闇に触れているような、何かチリチリとした嫌な感覚。 「パトローナス・チャームは?」 「え?」 「使えるか?」 「……使えるわけないでしょ?フクロウより高度な魔法じゃない。教わってないわよ」 「クソッ。伯父貴のやつ、絶対に今年ディメンター来るって分かってたんだな」 不貞腐れたように、が唸る。 ムッとしているのがよく分かるその空気に、はひっそりと笑った。 不貞腐れているけれど。ムッとしているけれど。は、楽しそうだ。そう、は思ったから。 「どうして?」 「カヅキ伯父とイツキ伯父に、二人揃って叩き込まれた。……まだホグワーツに入学してもいないガキに、だぞ?」 「イツキ伯父さん、普段だったら止めるもんねぇ……はまだ子供なんだ!カヅキ兄は、その辺をちゃんと理解しているのか!?って」 「そのイツキ伯父が、何が何でも覚えろ。絶対に使えるようになれ、できないなら俺も目付け役でホグワーツに行く!とか。アホなこと言い出して……さ」 「あぁ、それは重症ね。イツキ伯父さん、伯父さんたちの中で一番、常識とお友達なのに」 「その常識と大親友のイツキ伯父上が、鬼みたいな形相で、何が何でもパトローナス・チャームを使えるようになれ!なるんだ!だぜ?……ま、理由はよく分かった。これじゃあ、仕方がない。俺が伯父貴じゃなくても、パトローナス・チャームを使えるように特訓するわ」 「……お父さん」 手をひらひらさせるには目もくれず、がポツリと呟いた。 お父さん。父親。 生まれてから一度も、会ったことはない。 ただ、データとしての父は、知っている。 そう言ったのは、一番上の伯父、カヅキだった。 二番目の伯父、ムツキは、そう言って笑った。 末の伯父、イツキは。そう言って苦笑した。 母のは、嬉しそうに笑った。 魔法族の動く写真の中で、呪詛の叫びを上げる父親と、伯父たちや母の言う父親はだから、どうしても一致しなかった。 「お父さんは、こんなのに12年、囲まれて生活していたんだね……」 「自業自得だ。自分の親友夫婦にマグルを13人、殺戮したんだから、当然の報いだろ」 「だって、本当にそんなことしたかどうかなんて、誰にも分からないじゃない。裁判も、なかったって……裁判も、なかったんだよ?冤罪だったかも……」 「」 色を失った唇が、戦慄く。 しかしそんな妹を、兄は冷めた目で見つめるだけだった。 「願望を持つのは、お前の勝手だ」 「何、それ」 「でも、世間はそうは見ない。アイツは裏切り者の殺人者だ。俺たちは、そんな奴の子供なんだ」 「どうしてそんなことが言えるの!?」 「俺には、お前と母さんの方が分からないよ……!!」 声を荒げるに、もまた声を荒げる。 分からない。分からない。わ か ら な い 。 誰よりも、何よりも。近しい場所にいるであろう互いのことが、まるでちっとも分からない。理解できなかった。 にとって、『シリウス=ブラック』はやはり、父親だ。殺人鬼であるよりも、父親だった。 傍にいない事を嘆きはすれど。傍にいない事を寂しく思いはすれど。憎むなんて、思いもよらない。 けれどにとって、父親への感情は、あまりにも複雑に過ぎた。 憎んでいるのではないと、思う。けれど、受け入れられない。 どうしても、受け入れられなかった。 父親の犯した罪が真実ならば、親友夫婦ともう一人の親友と、それからマグルを13人。殺した彼らの父親は、間違いなく大罪人だ。 仮にそれが、の言うとおり冤罪だったにしろ――その確立が低いとは言え――母親を一人にしたことは、変わらない。 「嫌な気配だよ、」 「……」 「お父さん、これに囲まれて12年間、生きてたんだよ」 「当然の報いだ」 縋るような眼差しを、は冷たく切って捨てる。 自業自得だ。 それだけの事を、シリウス=ブラックはした。 そして、アズカバンで終身刑を言い渡された。それだけのことだ。 どうして今更脱獄したのか。それは、分からない。それだけが妙に、引っかかるけれど。 にとってそれは、同時に特筆すべきことでもなかった。 「、援護を頼む」 「……どうするの?」 不機嫌さを隠そうともしない双子の妹の声に、は苦く笑う。 父親のこととなると、普段の気弱さが嘘のように、はに食って掛かる。 普段は、あの伯父たちの姪で、あの母親の娘で、あの父親の娘かと思うほど、どこか気が弱くて。涙が出るほど優しい、儚い少女なのに。 それだけ、を捕らえる父親という呪縛は強いのだろう、と。はそんな風に考えた。 「ハリー=ポッターのところへ」 「ハリー=ポッターって、あのハリー=ポッターよね。ジェームズさんとリリーさんの息子の、ハリー=ポッターよね。お父さんが……」 「父さんが名付け親になった、あのハリー=ポッターだ」 「どうして?」 「ハリー=ポッターがおそらく一番、恐怖に直面しただろう人間だからだ。彼にパトローナス・チャームが仕えれば、ディメンターを撃退することは問題ないだろう。でも、使えないならば……」 「餌食になる可能性が一番、高いってことね?」 「そうだ」 の言葉に、は頷く。 大して説明しなくても、二人のうちでは、暗黙の理解が存在する。 双子の絆といえばそれまでだけれど。生まれる以前から共に在った者たちならではの絶ち難い絆が、確かに二人の内には存在していた。 「大した援護は、期待しないでよ?私に伯父さんたちは、あまり魔法を教えてくれていないんだから」 「知っている」 「さし当たって、これぐらいはできるよ。『ルーモス・ソレーム』!」 が杖を構えて呪文を唱えると、その杖先に光が灯った。 「走るぞ」 「ん」 の言葉に、頷く。 二人は、駆け出した。 ディメンター遭遇戦・前哨戦。inホグワーツ特急の幕は、こうして切って落とされたのだった――……。 「『魔法省、またまたシリウス=ブラックを取り逃がす』へぇ……また取り逃がしたのか……まぁ、彼じゃあ仕方がないだろうなぁ」 「イツキ兄さん、そんなに楽しそうにしていいの?」 「あぁ、問題ない問題ない。俺、昔っからお役所嫌いだから」 「……そう言う問題じゃないよ」 はぁ、と溜息を一つ吐いて、=が暖炉から現れた。 フルール・パウダーを使って、英国の彼女の家の暖炉から、日本の実家に移動してきたのだ。 パンパン、と軽く灰を払って、兄が腰掛けるダイニングの、そのソファに向かう。 「やぁ、久しぶりだね、」 「久しぶり、兄さん」 「今日は一体、どうしたんだい?」 「ホグワーツで臨時の教師をすることになって。暫らく、こっちに顔を出せないと思うから。挨拶に。義姉さんは?」 「出かけているよ。伝言は、俺のほうから伝えておくから。とりあえず、座りなよ。紅茶でいい?それとも、緑茶にするかい?」 すらりとした仕草で立ち上がった兄に、は顔を俯ける。 長兄の仕草は、優雅だった。シリウスの、生まれ持った環境やしつけから齎されたものとは違う、兄独特の仕草。武術を嗜む者だからこその凛とした仕草が、好きだったのに。長兄はもう、そんなのとは隔たってしまった。 だから、目にする末の兄の仕草に、胸の痛みを感じる。 罪悪感ばかりが、転がっていた。 「緑茶がいいな。暫らく、飲めないだろうし……飲めなかったから。実は、ちょっと紅茶には飽きちゃった」 「ホグワーツは、紅茶だしね……まぁ、ホグワーツの場合、お茶の葉の種類は多いから。楽しめるんじゃないかな」 「種類は多いけど、選べないから。ダージリンの週は、朝昼晩、三食紅茶はダージリン、でしょ」 「まぁ、集団生活だから仕方ないな、寮は」 苦笑しながら、末の兄は急須と湯飲みを食器棚から出す。 慣れた仕草で、茶を淹れた。 家事の苦手な男、という男性にありがちな言葉は、この兄には当てはまらない。いや、この兄だけでなく。の兄たち全てに当てはまらないし、彼女の恋人だったシリウスにも、当てはまらない。 案外僕は、家事の得意な男性に弱いのかもしれない、と。はふと思った。 「カヅキ兄さんとイツキ兄さんで、にパトローナス・チャーム教えたんじゃない?」 「あぁ、ばれてたか」 「そりゃあね。ディメンターが来ると分かっていて、無防備に放り出したりしないでしょ、兄さんたちは。それで?」 「うん?」 「のパトローナス・チャームは、どんな感じなのかな?」 の前に湯飲みを置くと、イツキはゆっくりとした動作でもともと座っていた場所に腰掛けた。 暫らく、言葉に迷う。 言葉を、探しているのだろう。 「さすがはブラック家の血を引く子供、ってところかな」 「そう」 「ただ、さすがにまだ、有形のパトローナスを作り出すことは難しいようだ。あの子のパトローナスは、まだ無形だね。完全とは言いがたい。ただ、それでも使えずに放り込まれるよりはまぁ、マシな筈だ。ディメンターを出し抜くことは難しくても、チャンスを掴むことは、十分に可能だ」 「そっか……分かった。こればかりは、さ。僕があの子達を守る!って言い切れないからね」 湯飲みを手に取ると、はそれを傾けた。 滑り落ちてくる液体を、味わいながら嚥下する。 馥郁とした味わいが、口内いっぱいに広がった。 「まだ使えないか、パトローナス・チャームは」 「あは。……うん。すっかり、使えなくなっちゃった」 『闇の魔術に対する防衛術』は、得意だったのにね、と。は自嘲する。 何より、人狼のリーマスのアシスタントとして『闇の魔術に対する防衛術』も教えるというのに。 あまりにも不甲斐ない自身に、は唇を噛み締めた。 「幸せな思い出が全部、学生時代に直結するんだ。でも、その幸せな記憶は、同時に悲しみとも直結していて……だから、パトローナスを生み出せない。……生み出せなくなってしまった」 「だから、に教えたんだけどな。も、難しそうだった。パトローナスを生み出すには、幸せが弱いのか……悪いな、。俺たちがもっとちゃんと、『幸せ』を教えてあげられたら良かったんだけどな」 「うぅん、兄さん。兄さんたちには、本当に感謝しているんだ。父親のいない子供を出産する、何て。許してくれて有難う。一緒に育ててくれて、有難う。兄さんたちには本当に、感謝している」 「そんなに言うようなことじゃない。兄妹だろ?当たり前じゃないか」 「でも、有難う」 そう言って、は湯飲みを置いた。 ちびちびと啜っていた鮮やかに濃い緑色の液体は、すっかりなくなっている。 「そろそろ行くね。お茶、ご馳走様」 「あぁ……随分と慌しいな」 「うん……でも、早目に着いておきたいから、さ」 「……気をつけて」 「うん」 案じる兄の言葉に、は頷いた。 学生時代の頃のような、無邪気な笑みを浮かべることのなくなった顔に、それでも笑みを一片、浮かべて。 ゆっくりと、立ち上がる。 その背中に、兄は声をかけていた。 「シリウスに、会えるといいな」 「……魔法省に捕まるよ、兄さん」 悪戯っぽく、は笑った。 「でも、お前たちは一度、話をするべきだろう?」 「話し合いが成立するとは思えないけどね。ひょっとしたら、話し合いの前に磔の呪文をかけてしまうかもしれない」 「それはやめておいたほうがいい、。お前が弱いとは言わないが、単純に魔力を言うなら、シリウスの魔力はお前より上だ。それに、彼は基本的に攻撃魔法が得意だ。防御魔法が得意なお前とは違うんだから」 「駄目なときは、杖を捨てるよ……僕は、『女』だからね」 くっと、その唇の端が吊り上る。 笑みの形に歪められた唇は、けれど決して、笑ってはいなかった。 どこか不健康にさえ映る、感情をなくした瞳は、同じように笑っていない。ただ、爛と煌いていた。 「僕は、ね。信じているよ。シリウスはジェームズやリリーを裏切っていないって。でもね……」 「裏切っているかもしれない、と?」 「兄さん、もう僕は、自分の感情が一番、分からないんだよ」 本当に本当に、彼を信じているのか。 それとも、もう信じるということが惰性になって、彼を信じている、と。自分さえも欺いて暗示をかけているだけなのか。 もう、それさえも分からない。 12年という歳月は、あまりにも長すぎた。 「信じているよ。信じたいよ。でもね……でも……」 「もしも、裏切っていたら。そう、思うか。やっぱり」 「うん……」 「その時は、どうする?」 「言ったでしょう、兄さん」 の瞳は、満ち足りた光を抱えていた。 どこまでも暗く、深く。闇に堕ちながら、それでも満ち足りたような、そんな表情を。は、浮かべる。 「その時は、杖を捨てるよ。杖を捨てて、懇願だってしてみせるよ。『愛しているの、殺さないで。どうしても殺すなら、お願い。最期にもう一度だけ、抱きしめて』って。シリウスはフェミニストだから、そうなったら絶対に、哀れみを浮かべながら僕を抱きしめるだろうね。駄目なら、色仕掛けをしたっていいよ。そうして、ナイフを突き刺す。首の後ろにね。 名誉なんて、いらないんだ。どんなに卑怯で卑劣な真似をしたって構わない。誰に何ていわれたって、後悔しない。そうなったらその時は、必ずこの手でシリウスを殺す。そうじゃなきゃ、リリーにもジェームズにも、顔向けできない。にもにも、顔向けできないよ」 「……思いつめるんじゃない」 「だって……!」 彼女と同じ、深い色の瞳に嘆きの色を混入して、末の兄はそう言った。 長兄のカヅキや、次兄のムツキは、シリウスともジェームズともあまり関わりが深くない。 シリウスやジェームズがホグワーツに入学したのは、長兄のカヅキが7年生、次兄のムツキが6年生のときで。 それぞれ1年ないし2年の関わりしかないのだ。 けれど、末の兄のイツキは違う。 その時イツキは、4年生だった。 ホグワーツで過ごすその半分を、同じ寮で過ごしている。イツキはクィディッチのキャプテンだったこともあるし、ジェームズやシリウスも、チームに所属していた。 彼らとの関わりは、他の兄たちと比べられないくらいに長いのだ。 だから、イツキは少しは知っている。 女遊びが激しかったけれど、繊細で純粋だった少年と、他者の感情には敏感だったけれど、自分のそれや自分に向けられる好意には酷く鈍感だった少女が、どれだけ拙く互いの感情を育んでいたか。 その時イツキは6年生で、ホグワーツ卒業を翌年に控えていたけれど。たった2年間ではあったけれど。それでも、イツキはそのことを知っていた。 「だって……だって、兄さん。だって……」 「?」 「ほっとしたんだ。ほっとしたんだよ。シリウスが、まだ死んでいないって分かって。シリウスが、アズカバンで朽ち果てずに脱走したって聞いて。最初になんて思ったと思う?何て考えたと思う?死なずにすんでよかった……生きていてくれて良かった……そう、思ったんだよ!?」 「……」 「そんなの、赦されることじゃない……!ジェームズとリリーは、死んだのに!それなのに、それなのにね。ジェームズとリリーを殺したと言われているシリウスが生きていてくれたことを、感謝したんだよ!?」 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。 謝っても仕方がないけれど。許してくれるとは、思えないけれど。 ごめんなさい。 それでも、嬉しかったんだ。 シリウスが生きていると聞いて、ほっとした。安堵した。 喪われていないことを、喜んだ。 それこそが、何よりの罪。 「赦されることじゃないよね!?赦されていいことじゃないよね!?何より……何より自分で自分が、一番赦せないよ……!!」 「……分かった」 兄の大きな手が、の頭を撫でた。 兄たちは、東洋人離れした長身だけれど。末っ子のは一人だけ、小柄だった。 そんなに、末の兄は跪いて、目線を合わせる。 同色の、深い漆黒の瞳を、柔らかく眇めた。 「会って、話をしておいで。簡単には見つからないだろうけど、探してみるといい。噂の真偽がどうであれ、シリウスはきっと、ハリーの傍に現れるんじゃないかな。俺は、そんな気がするよ」 「兄さん」 「これでも、占い学の成績は良かったんだよ、俺は」 「……兄さんだけだよ、あの授業取ったの。僕もカヅキ兄さんもムツキ兄さんも、占いなんて不確かだって、取らなかった」 「そうだった。……俺はそこそこ、占いの才能あったみたいだ。その俺が言うんだから、間違いない」 「うん」 子供のように泣きじゃくる妹の頭を、何度も何度も撫でる。 本当に、こう言うところは、変わらない。 気が強そうに見えて、本当は弱いところなんて。彼女の娘であると、そっくりだ。 「気をつけて、行っておいで」 「うん。……ムツキ兄さんにも、よろしく。クィディッチの遠征で出かけてて、挨拶できなかった。義姉さんには、挨拶してきたんだけど……」 「分かったよ。……気をつけて。身体にもね。お前はすぐに風邪を引くから」 「うん」 気遣う声は、優しい。 言葉も、優しくて。 だから、頷いた。 長兄と次兄は、シリウスの無実を、実はあまり信じていなかった。 が信じているから、信じているのだ。彼らの家族に対する愛情は本物で、だから、や、に対する世間の風当たりには猛反発するし、それに対する報復もきっちり行っているけれど。 シリウスを信じているわけでは、決してない。 二人の兄と違って末の兄は、半分信じて半分疑っている、という。 『ホグワーツで俺は4年間シリウスと同じ寮で過ごしたけれど、彼が親友を裏切るとはどうしても思えなかった。そう言う人間にも見えなかった。本当にシリウスが親友夫婦を裏切ったと言うなら、奴がよっぽど巧妙だったか、俺の目が節穴だったかのどちらかだ。そして俺は、俺の目は節穴じゃなかった筈だと確信している。だから、半分は信じるさ。奴は無罪だってね』 それでも、を一人にしたことは変わらないか……と呟いた兄の顔は、忘れられないものだった。 「会ってきます」 「会っておいで」 『行ってきます』とかけて『会ってきます』と。そう言うと、末の兄は柔らかい笑顔を浮かべた。 フルール・パウダーを掴むと、は暖炉の中にもぐりこむ。 行き先を告げて、パウダーを投げ込んだ。 青白い焔が消えかけていくのを眺めながら、イツキは笑う。 どこか、苦い笑みを、浮かべて。 「その時が来たら、お前は俺を恨むかも知れないよ、」 瞼に浮かぶのは、自分たち一族の長たる兄の姿だ。長兄、カヅキ=。 当主の役割や、マグルの世界で埋没するために代々世襲してきた道場の仕事を行うには困難があるため、それらの仕事の殆どは、イツキが代行しているけれど。 その意思決定権の全ては、カヅキにある。 その長兄が、言ったのだ。 真実裏切っているようであれば、殺せ、と。 それは、当主の命だ。当主代行に、逆らう術などない。 おそらく、ムツキも長兄の言を支持するだろう。それ以外の……甥や姪、一族の全て。それだけのカリスマ性を、あの兄は持っている。逆らうことなどできない。 「夢見の時間は、終わってしまったな……」 小さく、彼は呟いた。 妹の気配がまだ残る、リビングで――……。 一応昔から、このシリウス夢のヒロインさんは東洋の魔女で純血設定だったのですよ。 東洋で魔法って言ったら、陰陽師系かなぁ、みたいな。 そうなると、純血じゃないとなぁ、って。 此処までお読みいただき、有難うございました。 |